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おねだり

 「たまには、してくれてもいいと思うんだけど」
 そう呟いてみると、キョーコは雑誌から顔を上げた。雑誌と言うか、若い女性向けの通販カタログ。スーパーに買い物に行ったら、雑誌コーナーの横で無料配布してたのを、可愛い表紙につられてもらって来たと楽しそうに笑っていた。
 「何か仰いました?」
 野越え山越え谷越えて、やっとのことで頷かせた可愛い恋人は、可愛く小首を傾げて可愛い声で尋ねる。
 珍しく二人揃ってのオフなのに、一緒に俺の部屋にいるのに俺をほったらかしにする彼女。俺は手を伸ばしてカタログを指しながら、さりげなく距離を詰めた。
 「おねだり。敦賀さんこれ買って~、なんて」
 これは俺がおねだりをねだってるんだな、と考えながら冗談めかして言う。キョーコはぱち、と目を瞬き、視線を泳がせたと思ったらみるみる顔を赤くした。今の台詞を言ってる自分を想像したに違いない。
 「なっ…に仰って…そんなこと」
 ぷちぷち反論するので、俺はもう一歩踏み込むことにする。
 「俺は、君に理由もなくプレゼントしていい立場を手に入れたつもりなんだけどな」
 髪を撫で、ゆっくりした調子で囁いた。キョーコがぶんぶんかぶりを振る。
 「理由もなく、なんて。立場がどうとかじゃありません。そりゃ、お…お気持ちは、嬉しいですけど」
 頬を染めて俺を見上げる姿にくらっと来た。ああ、もう君は…
 「ごめん、理由あった。すごい万能の」
 「はい?万能の理由、ですか?プレゼントの?」
 不思議そうにまじまじ俺を見る大きな瞳。そこに映る自分の顔が我ながら緩みきっていて、でもこの子の前でもう取り繕う必要がないことが嬉しくて、もっと壊滅的に緩んでしまう。
 そのままに、俺は言った。
 「うん。"君が可愛いから"」
 「         
 キョーコがフリーズする。火でも噴きそうに赤い顔をカタカタ左右に揺らす彼女に、俺は更に畳み掛けた。
 「ね?万能だろう?」
 さて、独立心旺盛で俺を淋しくさせる恋人は、なんと言い返してくるのかな?ちょっと楽しみに待っていると、やがてキョーコはひとつ深呼吸して口を開いた。
 「…じゃあ」
 微妙に目線を外し、迷うように言葉を切るから。待ちきれなくなって迎えに行く。
 「じゃあ?」
 何だろう。てっきり恥ずかしがって暴れるかと思ってたのに、どうも様子が違うな。
 なんて思う俺は、迂闊にも忘れていた。彼女の武器と、その破壊力を。
 「して、いいですか」
 キョーコはぽつんと呟く。
 「え」
 「おねだり、です」
 え。え!?何だ!?聞き違いじゃないよな?棚ぼた?言った者勝ち?いや違う、そんなこと考えてる場合じゃない。
 「何でも言って」
 俺は急いで言う。そうしないと、するりと手を抜けて行きそうな気がして。
 そっと、小さな唇が何だか甘い溜め息を洩らす。
 「キョーコ…?」
 俺の声は、期待しすぎで恐れるみたいになった。
 キョーコは一瞬目を伏せ、おずおずと俺の肩に頭を寄せて来る。シャンプーの爽やかに甘い香りに鼻先をくすぐられ、シャツの胸元を握る小さな手のぬくもりに鼓動が跳ねた。たまらず抱き寄せる。
 「…て下さい」
 腕の中で、ひそやかな声が呟いた。手を緩めて顔を覗き込むと、彼女は
 「私のこと、ずっと好きでいて下さい」
 照れながら、最高に可愛い笑顔で言う。
 「当たり前すぎておねだりになってないよ、キョーコ…」
 俺はやっと返したけど、自分の頬が熱いのを感じて負けた気分になった。
 まったく、
 ほんとに。


 おねだり合戦は、君の勝ち。




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つかまえるよ、君を。

 君にすきだと告げた。
 他に人のいないラブミー部々室。わざと鍵はかけなかった。いつ誰が入ってくるとも知れないから、君は早く答えを出さなくちゃならない。ロッカーにおしつけて、腕で囲って。頭のてっぺんのひどく可愛らしい渦を見下ろしながら。
 このつむじに唇をつけて、それで『かわいいよ』『だいすきだよ』と囁く権利が欲しいと望む。ああ、欲しい。どうしても欲しい。
 なのにどうして、俺の権利の発生如何は一にかかって君の心の方向性にあるんだろうね?こんなにこんなに好きなんだから、少しくらい俺にコントロールさせてくれたっていいのに。
 そうじゃないか?
 今日だって、さっきだって、出会った瞬間にぱあっと咲き綻ぶ笑顔。俺のものにならないのにあんな風に笑うのは、ずるいと思う。
 「ず、ずるいとか言われましても」
 ダラダラ汗の最上さんがもちょもちょと言った。自分の頭のてっぺんを両手で押さえて瞳だけで見上げてくるのへ、俺はにこりと微笑んで見せる。
 「ああ、全部聞こえた?」
 耳がいいね、君は。ほとんど吐息くらいの音量で呟いてただけなのに。
 「お、おかげさま…で?」
 律儀にお礼なんて言うから、軽く噴き出すところだった。駄目だよ、まだ空気の色を変えてなんてあげない。君から答えをもらうまでは。
 俺の望む、ように解釈できる答えを貰うまでは。
 「で?」
 ずいと一歩足を踏み出す。
 「え、あの。お、お蔭様で、聴覚は優れているの、かもしれませ、ん」
 つるがさんほどじゃありませんけど。
 やっぱり吐息で言うのが聞こえて、俺はもっとにっこりする。
 「そっちじゃなくて。と言うか、ご謙遜だね?」
 「やっぱり地獄耳じゃないですか~!」
 「うん、地獄でも天国でもいいけど。頑張っても話は逸らさないから」
 「~っ」
 「で、君の返事は?」
 すこし屈む。顎の先にやわらかな髪が触れて、一瞬気が遠くなる感じがした。
 「つ、るがさん、誰か来たら。こんなところ」
 「見られたって、俺は少しも構わないよ」
 それだけの覚悟はとっくにしてる。違うな、覚悟って言うかもう期待だ。いっそ噂になればいい。周囲から固めてしまえればいい。ドン引きされるに決まってるから、全部は君に言わないけど。
 「私が構います~!つっ敦賀大先輩様の初スキャンダルの相手が私ごときトリガラでは世間様に申し開きができませ」
 涙目の抗議を遮り、両頬をつぶすように包んだ。強引に視線を合わせさせる。
 「突っ込みどころ満載なんだけど、とりあえず一つだけ」
 「ふぁ、ふぁい?あの」
 「俺は、君がいい」
 唇の上で囁くと、最上さんからすいと色が抜けた。真っ白になる、という表現が物理的にそうなるものだとは知らなかった。君はいつも意外性の塊で、次々に新しい発見をくれる。迂闊にも俺は、今度こそ笑ってしまった。
 「…りです」
 最上さんが何か言った。笑ってた分注意力が散漫になっていて聞き逃し、俺は目で問い返す。
 「むり、です」
 もう少しだけ声を励まして、恋しい少女が拒絶の言葉を吐いた。俺は内心の動揺を押し隠し、ぽつんと尋ねる。
 「何が?」
 「っ…だって、ありえないじゃないですか!!」
 「ありえない。それが君の答え?」
 「そっ、そうです…っ!」
 「何がありえないの?」
 え、と小さな唇が半開きのまま止まる。吸い付きたくなるからやめてくれないかな。
 「何って、な、何もかもです!敦賀さんが私を好きになるとか、こんなところでセクハラ紛いの告白をするとか、人目も憚らないとか!!」
 「なるほど」
 俺は小さく苦笑する。途端に勢いを得て何か言おうとする機先を制し、早口に言った。
 「でもね、ひとつの想いが他のすべてを凌駕するってことが有り得るって、俺は君に教えてもらったよ」
 「へ!?あの、」
 「君はいつも一生懸命で必死で、純粋に一途に思い込み行動することで自分の道ばかりか他人の心まで開いて来た。椹さん、マリアちゃん、琴南さん、社長も、俺も。
 「だから今度は俺が、すべてを凌駕する勢いで君を想う。そうすれば、有り得ないこそが有り得ないんだ」
 かくん、と。最上さんの膝が崩れた。ロッカーの扉を擦りながらずるずる沈もうとする背中を慌てて支えれば、耳もとに小さな小さな呟きが届く。
 そそそそんなばかなうそでしょうそですだってそんなのありえないありえないがありえないとかにんげんにいえることばじゃないんじゃ…
 「だから」
 めげないって決めてるから、溜め息は噛み殺して君の顔を覗き込んだ。
 ありえないありえないありえない
 繰り返す真っ赤っ赤な顔を。耳まで染めて、
 俺を見上げる潤んだ瞳…を……
 「え…」
 有り得、ない?一瞬そんな言葉が過ってしまった俺は、もしかしたら可哀相な男なんじゃ…
 いや、そうじゃなくて!!って言うか、この反応!?
 「最上、さん」
 どうしてそんなに真っ赤なの君は俺を意識してるの、有り得ないって、期待しないって自分に言い聞かせるのは期待してるから?
 尋ねようと、思って。息を継いだ時、
 最上さんは華奢な体を思い切りよじって俺の腕を逃れ、子リスみたいにすばしっこくドアへと走る。
 「待っ」
 伸ばした手をすり抜け、彼女は一瞬だけ、半分だけ振り返った。
 そこに浮かんだ…揺らぎが俺の足を止める。息を呑んだ瞬間、ドアが開いてまた閉じた。
 「……あー…」
 俺は少しよろけてロッカーに背をつけ、そのままずるずるへたり込んだ。どうして君は、そう反則ばっかり…
 だけど。
 と強く思う。
 有り得ない、だけが君の理由なら。
 本当のことだって信じさせてみせる。可能性は、いま君が見せてくれた。
 右の掌をぎゅっと握った。祈るようにそこに唇をつける。
 「有り得なくなんかない。無理なんかじゃない」


 この手に、君を。


 

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無敵のマヨネーズライス(5・完結)

 見返る蓮の袖をつかみ、キョーコは不安げに眉尻を下げる。
 「あの、ほ、他に方法は…生き物の命を簡単に奪うのは、よくないと思います…」
 「命、ねえ…生き物はそれこそ、他の生き物の命を奪って生きてるだろう?たとえ菜食主義者であったとしても、植物の命を奪ってるには違いない」
 「…偽善だって仰るんですか」
 「そこまでは言わないよ。君の優しい気持ちは大切なものだと思う。だけどね、この龍はたくさんの人たちにとって現実に脅威であり恐怖でもある、だから俺が頼まれてここに来た。君はその、たくさんの人たちの安心には価値がないと思うかい?」
 「そんな…そんなわけ、ありません…」
 のろのろと緩める手から、上等な生地の感触がすり抜けていく。キョーコは今日一日でずいぶん印象の変わった蓮に、また新たな一面を見出していた。冷徹、と言うのだろうか。考え方としておそらく正しいのだと思いはするけれど、完全に同調できる気がしない。
 なぜだか、それがひどく哀しかった。
 細い息を震わせ、彼女は魔法界の頂上にも位置しようかという男の顔を見上げる。
 「…!」
 蓮が息を飲む様子に気付いて首を傾げた。偉大な先輩魔法使いは黙り込んだかと思うと少し考え込む顔をしてから、ふたつみっつ緩くかぶりを振った。
 「仕方ないな…」
 「?」
 「蒼き戦神の矢 大地を訣てる閃きよ
 刃に宿りて力となれ…」
 カリスマウィザードは低く唱えて短剣の上に手をかざす。銀色の刃に、ぼうと赤青い輝きが宿った。
 (魔力付与…!)
 連発される高等魔法の数々に、圧倒される思いでキョーコは拳を握る。自分も、いつかはこんな風にという願いが湧き上がった。
 蓮は炎と雷の魔力をまとった短剣を手に、優雅な足取りで眠り続ける龍に近付いて行く。規則正しく上下する頭部の横に立ち、斜めに突き出された角に手をかけた。ぐいと引っ張ってその根元に短剣を当てると、金剛石に次いで堅いと言われる龍の角はチーズか何かのようにするすると斬れて行く。
 「退治の証拠はこれでよし…」
 切り取った角を傍らに置き、蓮は短剣の上で印を切った。解呪された刃は再び白光を噴くような銀色に戻る。
 あれでとどめを刺すのかと思ってハラハラ見守っていたキョーコは、続いて指先で宙を薙ぐ蓮の姿に見入った。また、違う魔法を使うらしい。
 「光たる光 あかつきを連れ来たる天の花…」
 低い詠唱を、キョーコは細心の注意をもって聞く。今まで文献でも見たことのない呪文だった。
 蓮の足元から光芒が立ち上がる。ふわりと黒いマントが膨らみ揺れ、形成されて行く力場を感じさせた。うねるような波長に包まれて、魔法使いは長い腕を抱き取ろうとするように龍へと差し伸べる。
 かっ。光が溢れた。キョーコは眩しさに腕で目を覆う。
 光の爆発は数秒続き、徐々に収まり始めた。




 「済んだよ」
 蓮がすこしからかうような声を投げると、キョーコは恐る恐る目を開く。
 「…え」
 緑鱗の龍の巨体が消え失せていることに驚いた顔をした。地面にはかわりに、ぽて、と伏せてすーこすーこ寝息を立てている生き物がいる。と言うか形が龍のままだ。ただ、サイズがまるで違う。頭から尻尾の先まで入れても50cmになるかならないか。
 「…!?敦賀さんっ、これ…」
 「うん、あの龍だよ。リサイズしてみた。魔力の源である角も切ったし、このくらいチビなら大して脅威にならないだろ」
 「ならないだろ、って…」
 絶句しているキョーコに、蓮はごくあっさりと言い放った。
 「君、これ飼ってね」
 「えええ!!?」
 「殺したくなかったんだろう?でもそのままにしておくわけに行かないし、ってことでこうなったんだから、君の責任じゃないかな?」
 「そ、そんな!龍を飼うなんて」
 「大丈夫。ちょっと強力なライターくらいのものだから、意外に便利かもしれないよ」
 強力に微笑んで言い切ってやると、キョーコは選択の余地はないことを悟ったらしくせわしなく頷いた。
 「わ、わかりました。面倒見てみます…」
 「うん。まあ、何かあったら言って。俺も時々様子見に行くし」
 蓮は屈んでチビ龍を抱え上げ、キョーコから自分の会心の笑顔を隠した。そう、『しめしめ』的な。
 「はい。あ、これも君が持ってた方がいいな。念のために」
 眠り続ける小さな魔獣とキョーコ自身の作った眠り薬を渡し、にこりと促す。
 「はあ…」
 へっぽこ魔法使いがやむなく龍を抱き取った。
 「龍って、何食べるんですか…?」
 「うん?マヨネーズライスでいいんじゃないかな。栄養価が高いんだろう?」
 「マヨネーズライスは無敵です!」
 我が意を得たり、と頷くキョーコに苦笑しつつ、龍の角を拾った蓮は 片手を差し伸べた。
 「じゃあ街に帰ろうか、協力者さん。「ノスタルジア」で食事でもどう?」
 耐乏生活を送るキョーコの憧れである超有名ハンバーグ専門店に誘ってみる。彼女のツボだと信じて、彼女の笑顔が見たくて。
 しかし隣で共に歩き出した少女は、きょん、と首を傾げるのだ。
 「敦賀さん、お腹すいたんですか?」
 「え、あ、まあ…そうかな」
 「じゃあ、これどうぞ」
 キョーコが笑顔を浮かべ、自分の鞄から何か取り出す。望んだ通りの表情に気を取られ、彼はうっかり受け取ってしまった。
 ラップにくるまれた白いお握りを。
 「あ、りがとう。ええと、これ、具は…」
 もう一度もらった笑顔は、最高に可愛かった。
 「もちろん、マヨネーズです!」
 ああもう、無敵なのは君だよ…
 蓮のごく小さな呟きは、うきうきと鞄からもう一つ白い塊を取り出すキョーコには届かなかった。




-了-


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無敵のマヨネーズライス(4)

 「君は向こうの木の陰にいて。合図したら、頼むよ」
 「は、はい」
 蓮に言われて待機場所へと移動し、キョーコは大木に寄り添うようにして振り返る。すると蓮はマントを払ってチュニックの胸元に垂れるペンダントを手の中に握り込んだところだった。風に乗って、低い声が流れて来る。
 「しろしめす力 炎の花よ
 大気に満ちてひびきとなれ
 「ボム・ディーラ!」
 蓮の手から光が迸った。それは遮るものもない自由の空間を舞う偉大なる長虫へと向かってまっすぐに駆け上り、絡め取るように火花をまつわりつかせる。知識だけは豊富なキョーコには、それは威嚇用で、見た目こそ派手だがあまり攻撃力のない花火技だとわかる。あんなものでどうする気なのか、とハラハラ見守っていると、彼を認識した…敵だと…龍が慣性を無視して飛翔方向を変えた。翼を固定し、グライダーのように蓮へ向かって滑空して行く。
 「敦賀さんっ…」
 小さく叫ぶキョーコの視線の先で、先輩魔法使いはチュニックの隠しから彼女の作った薬の壜を取り出す。それへ向かって、高度を低くした龍は衝撃波で地の草を薙ぎ倒しながら迫った。
 「!!」
 「…風と時のごとく移ろえ
 「リポーラ」
 今度は物質転移の魔法。ただし、少しアレンジが加えられているようだ。本来はもっと効果レンジの短い、空間の交換によって物質を移動させる呪文だが、龍の体内に送られたに違いない薬壜の消えた蓮の手には何も代わるものが現れていない。
 「敦賀さん、やっぱりすごいんだ…
 「って危ない!!」
 人としては長身な蓮だが、成体の龍に比べればあまりにもちっぽけに見える。その姿が、殺到する風に巻き込まれてかき消えた。
 「なっ…」
 恐怖に目を瞠るキョーコの視界の上端を何かがさっとかすめる。慌てて視線を上げた先に、蓮がホバリングするように宙に浮かんでいた。浮遊魔術だ。
 目標を失った龍が、身をくねらせながら振り返った。巨大な金色の瞳がきょろりと動き、怒りと憎しみを浮かべるさまにキョーコはぞっとする。
 「つ…敦賀さん…っ…」
 かすれる声が自分のものとも思われない。祈る気持ちで身をもみ絞るが、今自分が介入しても邪魔になるだけだと駆け寄りたい衝動を抑える。
 と…
 中央にトパーズ色の角を具える龍の頭部が、ぐらりと揺れた。同時に、硬い鱗に鎧われた体躯全体がなにか力の抜けたように線を緩める。眠り薬が効き始めたのだ。
 しかしまだ完全ではない。先ほどまでよりもぐんと鈍くなった動作で、古き獣はなおも自分に歯向かう小生意気な生き物に襲いかかろうとする。
 蓮の頭よりも大きな鉤爪が振り上げられ、それを避けて魔法使いはすいと下がった。キョーコのいる木に少し近づく。次いで鞭のようにしなる、しかしそんなものよりずっと太い尻尾が空を打つ。それも避け、蓮は龍の鼻先に炎の光球を放った。ものすごい絶叫が上がる。
 鼻先を払うように身をよじる龍の瞳に血の色がかかるのが、キョーコの位置からも見て取れた。
 しゃぎゃあああ…
 天を引き裂く轟鳴とともに、躍り上がった緑の巨躯が蓮へと突っ込んで行く。キョーコは目を覆いたくなるのを必死に堪え、その時を待った。蓮からの合図を。
 そして、ついに、魔法使いが大きく右の手を振り上げ振り下ろす。
 (今だ!!)
 最大パワー、最大パワー、と心の隅で唱えながらキョーコは手早く呪文を紡いだ。
 「リス・ティーフ!!!」
 前方に向けた手から常にない速度で撃ち放たれたのは、灯火の魔法。物理的な圧力さえ感じるほどの光量に、さしもの魔獣もたまらずきつく目を閉じた。
 そこへ、既に呪文に入っていた蓮が高らかに宣する。
 「…シルヴォルト!!」
 ぴし、と大気が鳴った。縦に裂けた空気の層に吹き込む形で爆発するような強風が発生し、空気の摩擦によって瞬間的に強力な静電気が生成される。
 どぉん…!!!
 地を揺るがし天をもどよもす雷撃が、まともに龍の角の上に落ちた。
 あまりの音量のために、獣の絶叫はどういう音だったのか聞き取れないほどだった。とっさに耳を塞いでさえ殴りつけられるような衝撃を覚え、キョーコは頭がじんと痺れる感覚に立ち竦む。
 「…!!」
 声と言うよりも気配が届き、と思うと彼女の細い体は飛来した蓮に掻っ攫われて木の下を離れた。ほんの一拍遅れて、もんどりうって地上へ落下する龍の尻尾にへし折られた木が倒れかかる。
 数m先の草の上に下ろされ、彼女はバラバラと落ちかかる枝や幹の破片と共に地に沈む龍の姿を呆然と見た。
 「ほ…ほんとに勝っちゃった…」
 「…?」
 蓮が何か言った様子だが、キョーコは聴覚が麻痺している。フルフル首を振ると、ひとつ頷いた蓮の唇がもごもご動いて長い指が彼女の両耳に触れる。途端に、低い空気の鳴動が耳に入って来た。これは、もしや龍のいびきか。それから、蓮の優しい声。
 「怪我はない?」
 「あ、は、はい!ありがとうございます」
 治癒をかけてくれたのだと悟り、キョーコは慌てて頭を下げる。すると先輩魔法使いは、外に跳ねさせた明るい色の髪の上にぽんと手を置いた。
 「こちらこそ、ありがとう。お陰で助かったよ。最後の雷撃は俺にしても大技だけど、それでも弱点の角にピンポイントで落としでもしない限り龍には大したダメージにならないからね…足止めの必要があったんだ」
 「はあ…でも、たったあれだけでしたし、薬の効果も遅かったし、結局守って戴いて…ほんとにお役に立てたんですか?」
 「“たったあれだけ”が必要だったんだよ。協力者を守るのは当然だし、初めからそう言ってる。
 「それにほら、よく寝てるよ?」
 背後の龍を示して笑うので、キョーコは少し気を取り直した。
 「それなら、よかったです…」
 ほんのり浮かんだ微笑に自分では気付かなかったが、目を上げるとなぜか蓮が固まっている。
 「敦賀さん?」
 呼びかけると、はっと我に返った様子で視線を揺らした。
 「あ、あ。ごめん、ちょっと…疲れたかな。早くこの場の始末をつけて、帰ろうか」
 「はあ」
 そう言えば、眠らせただけで退治になるはずがない。この場の始末とはどうするのだろう…
 キョーコが思っていると、蓮はベルトの後ろから短剣を抜き出す。思わず叫んでいた。
 「え、あの、こ、殺しちゃうんですか!!?」
 
 
 
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無敵のマヨネーズライス(3)

 カカカカカカカ。
 高速で連打されるノッカーに気付き、丁度着替え終えた蓮は宙に指を伸ばして楕円を描きながら何事か低く呟く。するとそこには、玄関先の映像が映し出された。
 「っ!?最上さん」
 来客を確かめ、彼は急いで玄関に向かう。その間にも続くノッカーの音に、よく響く声で返事を投げた。
 「いま開けるよ」
 ぴたりと堅い音が止まり、かわりにそわそわした空気が伝わって来る。こんなにせっかちな子だったろうか、と思う一方で、彼を訪ねて焦れてくれるとはとつい心が弾んだ。蓮は常にない勢いでドアを開いてしまった。
 「おはよう、もう薬ができ…」
 「敦賀さん!!」
 言葉の途中で絶句したのは大声に遮られたからではなく、キョーコの弾むような表情のせいだった。かつて彼に向けたことのない、全開ありったけの笑顔。
 「ありがとうございます!!」
 会うたび見るたび眉間に皺を刻んでいた少女が、頬を紅潮させまっすぐに彼を見上げて礼を言う。勢いよく下げられた頭はきっかり90度、伸びた背筋が美しい。
 「…え、あの」
 望外の状況にうっかり戸惑う蓮の顔を、彼女は瞳を輝かせながらまっすぐに見上げた。
 「昨日、敦賀さんのアドバイスに従って、呪文を唱える時にイントネーションにすごく気をつけるようにしてみました。そ、そしたら…あの、まだどうかすると発音外しちゃったりするんですけど、でも…今までとは比べ物にならないくらい成功率が上がったんです!!初歩の灯火魔法なんか、ほぼ100%でした!
 「敦賀さんのお蔭です。ほんとにありがとうございました!!」
 「どういたしまして」
 蓮は、はうはうと拳を握る少女にそっと微笑みかけた。と言うよりも、自然に顔が綻んだ。脇へどいて道を開け、家の中へ招き入れる。先に立って応接間に案内した。
 「お役に立てたなら幸い。ところで、薬の方はどうかな?」
 「あ、はい!できました。昨日、言われた通りに街で材料を揃えましたので、すぐ調合に取り掛かれましたし」
 遠慮がちに広い部屋へ足を踏み入れ、やたらフカフカのソファを勧められておっかなびっくり腰を下ろしたキョーコは、肩から提げていた手作りらしい鞄を開けて小壜をふたつ取り出した。とろりとした液体が、透明なガラスのなかでたぷんと鳴る。
 「それと…」
 壜をテーブルに置き、更にごそごそ探り出したのは、何かを包んだハンカチだった。
 「材料費の余りです」
 とテーブルの上に置く。ごと、ぢゃり、と重い音がした。
 「えっと…材料費をケチるなって仰ってたので、龍の鱗とか代用品のあるものもちゃんと正規品を買っちゃって、思ったより高くついたんですけど。それでもすごく余ったのでお返しします」
 「ああ、それは君への報酬の残りってことで取っておいて」
 「はあ!!?まさか、眠り薬の調薬くらいでこんな金額を受け取る訳には行きません!半金も戴いてるのに。あ、そちらは、龍の眠り薬なんて特殊な調合の手数料ですから…ちょっと高めに金貨2枚戴きました」
 蓮は何とも言えない気分になった。失礼かもしれないが、キョーコの謙虚さはいっそ憐れを誘う。
 「それこそまさかだよ…
 「まあいい、じゃあね」
 ハンカチに手を伸ばして開き、小山になった金貨を布端へ寄せる。
 「これが、本来の半金の残りと、後払いの半金分。それから特急料金と、届けてもらった手数料と…」
 彼が何やかんや並べ立て終えた時には、金貨はすべて元通りハンカチに包まれていた。
 「ハイ、これで明朗会計ってことで」
 ずいと差し出された包みを、キョーコは茫然と見つめる。
 「こ、こんなに受け取れません…っ!敦賀さん、金銭感覚ヘンですよ!?」
 「ええ、そうかな。妥当だと思うけど」
 「そ、そんな馬鹿な。だってこれだけあったら、向こう5年はマヨネーズライスに困りません!」
 「君の基準も相当ヘンだと思う…」
 ぼそりと言って、蓮は一瞬視線を斜めに放り上げた。しかしすぐに戻し、
 「ああでも、そう言うなら…そうだなあ…」
 わざとらしくひとつ瞬きする。そして、さも今思いついたように、かつにこやかに言った。
 「もう一つ、依頼を受けてくれるかな?」



 「あそこの岩場だよ」
 風の吹く野っ原で、蓮は前方を指しながら背後を振り返る。
 「はあ」
 答える声には力がない。キョーコは常になく肩を落とし、死刑台を見るように示された方角に視線を移した。岩山一歩手前と言う規模で大きな天然岩ががっちりと組み合い、所々に謎のヒビがここからでも見て取れる。草木一本生えない周囲の地面が黒いのは、もしかして焦げているからだろうか。龍の吐く火で。
 息を飲むキョーコの顔を見て、売れっ子魔法使いはちょっと笑った。
 「怖い?」
 「あああ、当たり前です。龍ですよ龍!舐めてかかれる勇者なんて貴方くらいです!退治を手伝えなんて言われても、私にできることがあるなんて思えません!!」
 「別に、舐めてるつもりも勇者でもないけど…何だってやりようはあるってことだよ。うまく魔法を組み合わせて、最大の効果を得るのも腕のうちってね。だから、君にできることだってちゃんとある」
 「うう…そ、それを実地で教えて下さるんですよね!?」
 キョーコはすがりつくように鞄を抱え込んで言う。
 「手伝ってもらいついでにね。できれば、君に足りないものも合わせて教えてあげられたらと思うよ」
 「足りないもの、ですか…?」
 「そう。それを得れば、きっと君ももっとちゃんと魔法を使えるようになる。それとも、その可能性も放り出してここから逃げ出すかい?」
 意地悪く問えば、負けず嫌いなところのある少女の答えは決まっている。
 「だっ、誰がですか!今更逃げたりしませんっ、ちゃんとパワーごはんを食べられましたから、今日は元気一杯ですし!!」
 「それはよかった」
 噴き出す蓮に、へっぽこ魔法使いはますますムキになって言い募った。
 「馬鹿にしてますね!?マヨネーズは栄養価が高いんですよ!そうだ、敦賀さんも食べてみればわかりますよ。ちょうど、お薬を届けた後で山へ薬草採取に行こうと思ってたから、お弁当用にマヨネーズお握り持ってるんです。おひとついかがですか!?」
 「え、あ、ええと…」
 つまり、具がマヨネーズということだろうか。蓮は遠慮したい気持ちとキョーコ手作りのお握りとの間で揺れる。しかし返事をする前に、さあっと落ちて来る影に気付いて頭上を見上げた。皮膜状の翼を拡げ、蒼穹を悠々と渡る巨大な生物の姿。
 「りゅ、龍…」
 キョーコが茫然とした声をこぼした。それへ蓮が、しっかりと視線を据える。
 「大丈夫。俺を信じて…守るから」
 「え!?」
 天空で、緑の鱗に弾かれた金色の陽光が散った。



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