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あなたが夢を見るのなら

 彼は微笑む。
 「俺は大丈夫」
 白い部屋、白いベッド、白い…笑顔。
 そうして、彼女を拒絶する。
 「だからもう帰りなさい、最上さん」
 「敦賀さん…!」
 キョーコはぶたれたように顔を歪めた。
 名前で呼ぶようになっていたのに。思いを通じ合わせた瞬間、待ちかねていたようにそう呼ぶ許可を請われて。
 なのに今、先輩の口調で苗字を口にする。
 二人の関係性を過去へ押し戻そうとするような言動がどこから来るのか、彼女にはわかっている。
 だから、哀しい。
 眉を下げたまま蓮の顔を見上げるが、視線は合わなかった。故意に逸らされている風でもない。
 キョーコは慄然と悟る。彼は今、彼女が見えていない。
 きゅう、と心臓の縮む心地がした。
 目から、唇から…心から、ほろりと転げ出て来るものがあった。
 「…蓮」



 敦賀蓮が京子との婚約を発表したのは、秋口のことだった。
 女優として自らの努力によって地歩を固めて来た彼女との交際は概ね好意的に受け止められ、二人には時ならぬ春が訪れていた…
 その、矢先。
 ロケ中の事故で、俳優は視力に障害を負った。
 見えている時、ぼんやりと見えている時、見えていない時。ランダムに現れる状態変化は全く予測がつかず、彼は日常生活にも不便を強いられることとなった。
 視覚には、『新しい視覚』と『古い視覚』があるのだと言う。
 『新しい視覚』は人類を含む霊長類に特徴的に具わる。眼球から入った情報は外側膝状体と呼ばれるニューロン集団に達し、視覚を意識する一次視覚皮質の先へと入力を伝える。
 これに対し『古い視覚』はほとんどの生物に共通し、眼球からまっすぐに脳幹の上丘部分に情報が伝えられ、頭頂葉を中心とした皮質野に至る。これは目に飛び込みそうになった異物など、本能的に視野の中心に入れたいものの方向へ瞬時に眼球を動かす早期警報システムとしての役割を担うと考えられ、空間視の能力にも関わるという。
 検査によって、蓮の眼球その他、肉体的デバイス的な機能に問題はないと判明している。障害は主に『新しい視覚』においてであり、つまり障害箇所はそれに関わる脳の部位にあると見られた。
 次第に、仕事に支障が出ている。
 『古い視覚』と生まれ持った反射や判断力のおかげか日常生活では『不便』で済んでいるものの、繊細な目配りひとつが重視される俳優業においてはそうも行かないのだ。
 特に、敦賀蓮はその場を支配するほどの演技力を評されている。相手役と視線も合わない時があるのでは、誰よりも本人が納得できなかった。
 びっしり詰まっていたスケジュールを前倒し繰り延べ多くキャンセルと調整し、彼は手術を受けることを決めた。これに際して、自分以上の奔走を強いられたマネージャーには心底申し訳ないと思ったが、一度そう口にして叱られてからはもう言わなかった。
 そして手術は        失敗した。
 視神経を圧迫していると見られた小さな血栓を取り除いても、症状には改善も緩和も見られなかった。むしろ、次第に前よりも失明時間が長くなって行く。目眩や頭痛、嘔吐までが起こった。
 以降、彼は障害部位の特定のための検査と、手探りの治療を受けている。



 「…キョ」
 呼びかけた蓮が苦く口を閉じる。けれど目は丸いままだ。
 驚いているのだろう、キョーコは今まで何度求められても彼を名前で呼ばなかったのだから。
 「諦める気なんですか?」
 彼女は震えそうになる声を励まして問いかけた。
 常ならぬ状態にある今、彼が彼女を遠ざけようとするのは負担をかけまいとしてだ。まだ可能性の有無も確認されていないのに、最悪の時のための布石として距離を置こうとしている。
 冗談じゃない、と彼女は思う。諦めることなんて許さないし、もし最悪の事態が現実となったとしても、一人で苦しみに浸らせることなんかもっと許さない。
 眼差しを強めるキョーコに、声を頼りにしたらしい蓮がともかくも顔を向け直して来た。
 「そうじゃない、…」
 「ですよね!!」
 弱い声が『でも』と続ける前に、女優は殊更明るく言い切った。
 「あなたが、演じることを諦めるはずありません。でなきゃ、そもそも今ここにいないはずです」
 「っ……」
 俳優が息を呑む。交際を始めた頃に聞かされた過去の話を、彼自身もいま思い出しているだろう。そう言えば、あの話をする時にも彼は、彼女が離れて行くのではないかと思っていたようだった。
 キョーコは、ばかなひと、と口の中で呟く。
 貴方は欲が深いのに。
 普段は恬淡としてても、本当に望んだものは何一つ諦められないくせに。
 そのまっすぐな眼差しが視力によるものなんかじゃないって、どうして知らないんだろう?
 だいたい、治れば万事よし、治らなくても少し遠回りするってだけでしょうに。と根性娘はごくシンプルな思考に落ち着いた。
 だから。
 「私はそんな貴方に惹かれて追いかけて、やっと隣にいられるようになったんです」
 だから無駄ですよと。キョーコは微笑む。
 「貴方の夢を、一緒に追いかけましょう?」
 「キョーコ…」
 ベッドの上に座る俳優が、くしゃりと顔を歪ませる。その額へ、伸び上がった彼女は誓うような口づけを落とした。







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だってアナタは○○だもの(後編)

 こんこん、と軽いノックの音がした。
 キョーコがはあいと返事をしてドアを開けに行く。それに迎えられて、
 「社さん待ちなんだけど、暫くお邪魔していいかな?」
 にこやかに同所属の先輩俳優が入って来た。
 どうぞと言われて微笑むさまは、奏江にはやはりし…親友、に惚れているように見える。大体、そんな理由でもなかったらどうしてこの忙しい人が事ある毎にラブミー部々室なんて場所に出没するのか。
 無料の喫茶処と思っているわけでもあるまいに…
 視線を流すと、はちりと目が合った。どうせお茶を淹れに行くキョーコを目で追っているだろうと思ったのが、なぜか自分を見ていたようだ。
 トップ俳優は当然のように慌てず騒がない。
 「琴南さんにも、いつも悪いね」
 あくまで愛想良く言うのだけれど、何だろう、笑顔に重圧感がある。若き女優は無意識に肚に力をこめたが、彼はじきに視線を逸らして今度こそキョーコに向けた。
 「さっき、楽しそうな声が外まで聞こえたけど。何の話だったのかな?」
 という台詞で気にしているところがわかり、先程のプレッシャーが嫉妬由来ではと思い至る。だって、『楽しそう』がやけに強かった。
 奏江はふと眉根を寄せる。
 案外小さいわ、この男。
 そうと思えば、手酷い失恋を味わったキョーコを任せるには不安がある。余人のことならば関与する気など起こすまいが、しっ親友の幸福に関わるとなれば話は別だ。
 眉間を絞る奏江をよそに、その親友はにこにことお茶を出しながら話に乗っていた。
 「お恥ずかしいです…いえ、可愛い小間物屋さんを見つけたので、琴南さんに一緒に行こうってお願いしてたんですよ」
 「相変わらず仲がいいね」
 「そんな…でも、そう見えるなら嬉しいです」
 キャッキャと喜ぶキョーコの姿は、照れ臭いから絶対に言わないけれど微笑ましいと言えなくもない。しかし、
 「何言ってんのよ…もー、恥ずかしい子ね」
 ついツンが出てしまう彼女に、蓮が再び視線を向けた。もちろん笑顔を保っているが、目が怖い。要らないならよこせと言わんばかりだ。
 だいぶ煮詰まってきてない?この人。と奏江は不安を覚える。
 「それで、お願いは聞いてもらえたの?」
 蓮の目がキョーコに戻った。横顔はただ甘いばかりだ。
 こっそり息をついた奏江だが、じきにまあいいと思いなおした。今のところ自分は、彼に勝っているはずなのだし。ラブミー部員1号は、2号が一番で最優先なのだ。照れ臭いからz(略。
 「えっと、それは、まだなんですけど」
 当のアンタが邪魔したのよ、とはさすがに言えないらしい。ちらりと視線をよこしたキョーコに、今なら承諾してもいい気がした。
 ところが奏江が口を開きかけるのと同時に、
 「じゃあ」
 と先輩俳優が妙に楽しそうに口を挟むではないか。
 「俺がつきあおうか?」
 「へ?」
 「は?」
 ラブミー部員は二人揃って間の抜けた声を放った。
 何を言い出すんだこの男は。自分がフラフラその辺を歩ける立場だと思っているのか。恋に目が眩んで常識が吹っ飛んだのか。そもそも似合わなすぎるだろう、敦賀蓮とかわいい小物は。ていうかこの男、キョーコに『つきあって下さい』とか言われてみたいだけじゃないのか。
 ぐるぐる考える奏江よりも先に、キョーコが我に返る。
 「いえ、あの…無理、では」
 そろりと言う、そうともその通り。つい大きく頷いてしまった彼女を横目で見て、トップ俳優は
 「どうして?」
 なんてキョーコに食い下がった。どうもこうもあるかと思うのだが。
 「だってそれは…私なんかが隣にいても人の目に連れとも映らないでしょうから、そこは置いておくとしても、敦賀さんがその辺にいるってだけで充分騒ぎになりかねないじゃないですか」
 余計な認識もくっついているが、一番無難で大きい理由を挙げたキョーコは正しいと奏江も思う。なのに蓮は、それはにこやかに言い放った。
 「大丈夫、変装して行くよ」
 「……」
 目眩を覚えた。
 馬鹿ですか。先輩でなかったら言いたかった。
 ああうん、キョーコバカですよね。すぐに思いなおした。
 「それは…バレるでしょう。ファンの目を侮っちゃいけませんよ」
 疲れた気分で、できるだけやんわり言ってみる。私が付き合うからいいですよ、と続けようとしたのだけれど、果たせなかった。
 「バレなかっただろう?」
 蓮は囁くように言って、キョーコだけに顔を向ける。背中に滲む雰囲気が変わったと思った。ひどく剣呑な、鉄錆びたようなものに。
 「兄さ…!」
 何か言いかけたキョーコが慌てて自分の口を塞いだ。
 え、なに今の。
 二人だけで通じ合ってるの?って言うか今のやりとりって、キョーコと変装した敦賀さんが一緒に外歩いたことがあるって意味?
 どういうこと。
 奏江が疑問で一杯になりながら成り行きを見守るうちにも、トップ俳優は社さんにスケジュールを確かめないとと笑っている。あざといまでに本気だ。
 「え、あの、でも」
 キョーコはキョーコで狼狽しているのだけれど、どうも先輩に逆らいきれずに陥落しそうな様子が見えた。
 ああ、ほら。
 「ありがとうございま、す?」
 しきりに瞬きしながら礼など言うので、蓮が愉しげに肩を竦めている。
 「どういたしまし、て?」
 どうも自分の知らない関係性をそこに嗅ぎつけ、新進女優は胸の底を危機感に焼かれた。
 キョーコの一番を、奪われる日がくるのだろうか。
 それはそれで仕方ない、どころか違うでしょ別にこだわるようなことじゃないじゃない。彼女はそう思おうとして、もやもやとした気分が晴れないのに溜め息をつく。
 なんてこと、と思った。
 キョーコバカは私もっぽいわ、もー。






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造化至造妙(しあわせよし)

 「もおおおおっ…!!」
 ぎゅん、と何かのメーターが振り切れる音が聞こえた。気がした。社が慌てて雑誌から目を上げると、担当俳優の可愛い恋人が顔を真っ赤にしていきり立っている。
 「敦賀さんなんかだいっ嫌いです!!」
 叫び上げたキョーコは、さっと身を翻してドアへ向かう。
 「えっ、キョ、キョーコちゃん!?待って」
 制止も虚しく、鼻先でドアが閉められる。それを開いて廊下を見るに、健脚の彼女が素晴らしい脱兎ぶりを見せ付けてくれるのを見送ることになった。後ろ姿は廊下の向こうへぐんぐん小さくなる。
 「蓮~?」
 敏腕マネージャーは、ある一点においてのみやたら手のかかる担当俳優に白い視線を向けた。
 しかし、返された鉄壁の笑顔にはヒビひとつ入っていない。
 「俺は謝りませんよ」
 心持ち張られた胸から押し出されて来る言葉に、社はおやと眉根を寄せる。
 蓮は見ている方がじりじりするようなヘタレとすったもんだと苦悩を潜り抜けて、やっとのことでキョーコを手に入れたばかりだ。そうなると今度は、見ている方がホワイトチョコレートでも吐けそうな糖と脂肪分の高いオツキアイを繰り広げ始めたところで、二人のケンカはともかくも大嫌いまで言われて平気そうにしているのはどうしたことか。
 確か最初は、どうにか休みをあわせてどこかへ出かけたいなんて話をしていたはずだけれど。と社は記憶を辿って首を傾げる。
 いい加減あほらしかったので途中からは聞いていなかったが、行動は突飛でも庶民的良心はゆたかなキョーコを、先刻のように叫ばせる言動を蓮がした、と見ていいだろう。
 考えれば考えるほど、担当俳優の味方がし辛くなる。
 「あんまり意地張らない方がいいんじゃないのか?」
 横目を流しつつ言ってみた。
 なにしろ相手は、思い込んだら試練の道だろうが命がけ、根性と根性と根性で突っ走る現代稀少種だ。その上、彼女は彼なしでも逞しく生きて行きそうだけれど、彼は彼女なしではボロボロになりそうに見える。
 次第に心配を通り越して心痛を覚え始める社の視線に、蓮は伝染したかのように端正な顔の表情を落とした。
 「俺はただ、思ったことを素直に言っただけですよ」
 「正直ってさ、常識に立脚しないと逆効果だよな」
 「失礼ですね…」
 とは言うものの、トップ俳優の声が弱くなって来ている。やはり思うところがあるのか。
 「心当たりがあるなら、早めに謝っちゃえよ」
 「はあ、でも…」
 素直になるべきはここだろうに、何をぐずぐず言うのかと眼鏡越しの視線は更に温度を下げた。キョーコが可愛くて仕方ないんだから丸め込まれてやればいいのに、無駄な抵抗をすると社は思う。
 「馬鹿になれないのは、お前の弱点でもあるよなあ」
 思わず溜め息が零れた。すると蓮が言い返す。
 「馬鹿のくせにって言うんでしょう」
 「うん、キョーコちゃん馬鹿な。わかってるなら…」
 言いかけた社の言葉は、ずばん、という大きな音に遮られた。
 振り向けば、キョーコがドアをぶち開けた体勢のまま仁王立ちしている。
 「あれ…キョーコちゃん」
 間抜けた声を上げる彼をは見ず。彼女はぐっと拳を握った。
 「敦賀さんのばかっ。私だって…」
 あああ。まだ言い足りなかったらしい。気持ちはわかるけど、できれば蓮があまり凹むようなことは言わないでやって…マネージャーは心の中で半泣きになる。が。
 キョーコが続けた台詞は、まったくもって予想外だった。
 「私だって、大好きなんですからねっ!一緒にいられれば、どこだっていいに決まってるじゃないですか!!」
 言うだけ言い切って、怖いくらい真っ赤になったキョーコはまたしてもバタバタ駆け去って行く。
 大体の経緯を把握したマネージャーがバカップルの片割れをそろり振り返ると、担当俳優は、
 もちろん蕩けそうな笑顔を浮かべていたのだった。





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だってアナタは○○だもの(前編)

 「こないだね、可愛い小物のお店見つけたの!今度つきあって、モー子さん~」
 甘えるように言うキョーコに、ロッカーを閉じながら奏江は美貌を殊更顰めて見せる。
 「私が?可愛い小物のお店に?」
 しかし相棒はめげなかった。
 「うん!モー子さんみたいな美人こそ持つべきだっていう、綺麗なものも沢山あるのよ」
 にこにこ言われ、彼女はぷいとそっぽを向いた。
 「知らないわよ、そんなお店ひとりで行って頂戴」
 クールに決めたはいいが、反応がない。ちらと横目を使うと、キョーコは両手を祈るように組んでうっとりしている。
 「あのねあのね、翼をモチーフにしたペンダントと指輪とイヤリングのセットとかね、淡水パールを粉末化して銅板にスターダスト加工っぽく吹きつけたお花の形のブローチとかあって、ほんとに素敵なのよ~。私、白蝶貝と黒蝶貝で作られた色違いのイヤリングをモー子さんと一緒につけたいなあ、なんて。あ、イヤリングはピアスにも作り変えてもらえるんですって」
 語尾どころか全文にハートマークが乱舞している。幸せそうな相方を正視できず、奏江は背を向けたままロッカーの扉をひっかいた。きゅきききき、と不快な音が爪先に生まれる。
 「お揃いの、アクセサリー。この、私が」
 「ひゃあああ!モ、モー子さんぃやめてええええぇ」
 耳を押さえて突っ伏すラブミー部員一号の叫び声に、二号ははっと我に返った。自分の腕を覆うサブイボを見下ろし、ぶんとひとつかぶりを振る。
 「却下よ。断固却下するわ」
 「そんなあ」
 キョーコががばと身を起こし、縋るような目を向けて来た。
 「うっ…」
 ぴるぴる震える仔リスのような瞳に会い、彼女は低く呻いてしまった。
 「ううん、でも口ではそんなこと言うけど、モー子さんはきっとつきあってくれるのよね。だってモー子さん、優しいんだもの!!」
 「な、何言ってんのよ!勘違いもほどほどにしなさいよ、私はそんなね、あんたのために自分の信念を曲げるような真似…
 「………」
 へろへろと声がしぼんで行く。
 したではないか、去年のクリスマスに。誕生日だと知りもせずに、特に理由があってではなく、キョーコが好きそうだ喜びそうだというだけで。あざといほど可愛らしいコスメキットなんぞを、買ってしまったではないか…
 あの時は、うっかりゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど悩んだものだった。
 「…っ」
 感慨と呼ぶには苦渋に満ちた回想を払うべく頭上で手を振り、奏江はぎゅうと目を瞑った。
 忘れよう。忘れたい。そしてこの場も、どうにか流したい。強く願いながら、頭の中で忙しく対策を練る。
 しかし、だ。
 キョーコはしつこ…いやその、とても粘り強い。それで結局奏江が根負けしてしまうことも間々あるから、やさナントカなんて勘違いされたりするのだろう。
 「モー子さん?」
 不思議そうに覗き込んで来る相棒から視線を逸らし、彼女は全力で祈った。
 いま何か、キョーコの気が逸れるようなものがここに現れてくれたら。自分はそれに、多大な感謝を捧げるだろう。
 すると…





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each other(後編)

 「つ…るがさ…ん…!?」
 今聞いた台詞が信じられなくて、ばかみたいに口を開けたままになる。目が勝手にやたら瞬きするから、敦賀さんがよく見えない。
 暗い寝室の中はしんと冷えていて、やけに静かで、空気が一京倍くらいも重くなった気がした。
 そこに、よたよたと浮かんでくる言葉。
 「なに…言って…」
 聞き違いじゃないなら、敦賀さんは、誤解してるんだ。だけど逆ならともかく、私が貴方を好きじゃないなんて、どこからそんな結論が湧いて出るの!?貴方は、誰にも望まれるような人なのに。
 「君じゃないと意味がないんだ」
 考えを読んだみたいに先輩俳優は言って、大きな手で私の頬を撫でる。そっと、そうっと…だけど、ねっとりと。
 「君だけが欲しくて、いつも迷ってる。どうしたら君を本当に手に入れたことになるんだろう、って。でも、今でもわからない…君は俺に、何も要求してくれないから」
 ひそやかに、ゆっくりと敦賀さんは話した。
 「もう、いっそ枷を嵌めてしまいたい。
 「俺に溺れて、ほかに何も考えられなくなって…」
 耳元に零される囁きは吐息と変わりなく静かで、熱くて、みだらで。手がそろそろと私の胸元を這って、申し訳ないくらいささやかな膨らみを包む。ほら、だって。私はこんなだもの。貴方を惹きつけておける魅力なんて持ってないんだもの。だから。
 我慢してたのに。
 我侭言わないように、邪魔をしないように、敦賀さんの重荷にならないように。でももしかしたら、それが間違いだったの?
 唇を噛むと、鼻の奥に血の匂いがした。悔しい。
 悔しい…私、何を見てたの。
 額を押さえてのけぞらされて、喉を痛いくらい吸われる。思わず身を縮めると、そこをぺろりと舐めた敦賀さんが瞳だけで見上げて来る。泥みたいに湿った炎が瞳の底に蟠ってて、やっぱりこわい。だけど。
 ちゃんと伝えなきゃ。
 まだ半信半疑の気持ちが抜けきらなくて、そろそろ広い背中を抱えた。敦賀さんが動作を止める。
 濡れた艶を浮かべる瞳に戸惑いの色が現れるのを見ながら、大きく息を吸う。
 「…く、ありません」
 いやだ、なんで今NG出すの!?声がかすれちゃった。
 え、と瞬きされて、急に恥ずかしくなる。でも言わなきゃ。も、もし勘違いだったら、私はもうぺしゃんこになっちゃうだろうけど…でも。
 「別れたく、ありません…っ」
 ヤケ半分に言い切った途端、空気が白さと重さを増した。つ、つぶれそう…
 早く何か言ってください。我が信仰の主に祈って、恐る恐る瞳を見る。敦賀さんの唇が動いた。
 「…俺と?」
 って。コケそうになったわよ。
 「ほかに誰がいるんですかっ」
 この時、この流れで。うう、やっぱり勘違いだったのかしら…恥ずかしくて泣きたい。
 思ってるうちに、敦賀さんがひどく真剣な表情で身を起こした。一旦口を開いたけどすぐに閉じて、手を伸ばして来る。身を引いてしまいそうだったけど我慢してじっとしてると、丁寧に引き起こされた。
 「ごめん」
 何に対してか謝って、敦賀さんは乱れた私の服を整える。無性に、いまだ、って気がした。そっとのつもりだったのにぶんぶんかぶりを振って、私は前に身を乗り出す。
 「あのっ…私、敦賀さんが、好きですっ」
 叩きつけるみたいな勢いに驚いたのか、トップ俳優様は珍しく固まってしまった。でも、私だっていっぱいいっぱいなんだもの、構ってられないわっ。
 「ほんとに、すき、なんです…だから、別れたくなんか、ありません…!」
 一語ごとに自分を励ましながら必死に言う。でも敦賀さんからのリアクションがなくて、落ちた沈黙が耳に痛い。うう、何か言ってください。
 一生懸命見つめてると、やがて敦賀さんの表情が動いた。だけど、なんだか落ち込んでくみたい…
 「あ、の」
 理由を聞きたかったけど、それが別れ話についてなのか、いま敦賀さんがへこんでることについてなのか自分でもはっきりしない。そこで詰まってしまった私の耳に、過去の俺って、なんて呟きが聞こえて来る。どういう意味なんだろう。
 「ごめん…君を試した」
 もう少し声を励まして言われて、顔を上げると瞳がぶつかった。
 「別れたくないのは、俺の方。俺が言わなきゃいけないことを、君に言わせようとした…」
 ぽつぽつ語られる言葉を、信じられない思いで聞く。それって。
 「敦賀さんも、不安だったんですか…?」
 恐る恐る尋ねたら、いたたまれないみたいな微笑が返って来た。肯定、よねきっと。
 「ああ…」
 なんだかぽろりと憑き物が落ちた気分。わたしだけじゃない。敦賀さんも。お互いに言葉が足りなくて、自信がなくて。
 でもそれは、想い合ってるから。
 ちょっと頷いてみる。まだしっくり来ないけど、これから慣れていけばいいのよ。私が敦賀さんの、敦賀さんが私のものだってことに。…いまひとつ自信はないけど、まあ、ちょっとずつ…
 じゃあ手始めに。
 空気と一緒に気合を吸い込んで。私は敦賀さんの顔を覗き込んだ。
 「あの…私、わがまま言ってもいいですか…?」
 「キョーコ」
 きれいな瞳に軽い驚きと、喜びが浮かぶ。そっか、喜んでくれるんだ。胸にぽかりと生まれた温かさに後押しされて、思い切って言ってみた。
 「えと…その…
 「こ、今夜、泊めてください…っ」
 敦賀さんが目を見開いて、それから幸せそうに幸せそうに微笑む。
 少しもわがままになってないよ、と耳元で吐息が言った。




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