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妙法蓮華(11)

 光たちに声の届かない位置へレイノを引っ張って行き、キョーコは猛然と抗議する。
 「アンタ一体どういうつもり!?全国に流される映像で、何わけのわかんないたわ言垂れ流そうってのよ!?」
 「俺は正直な心中を述べただけだが。なぜお前が怒るのかわからん」
 「だからそういう…」
 「言ったろう。お前は時として奇蹟のように美しい。ならば、美しいものを手に入れたいと思うのは、人の当然の欲望だろう?」
 いきり立つキョーコに、レイノはすと手を伸ばした。
 「時としては余計…ちょっと触んないでよ!!」
 身を避ける少女の胸元で、ネックレスのペンダント部分がちゃらりと躍る。それが、ヴォーカルの手に触れた。
 「!!」
 転瞬、レイノは自分の手を押さえて跳びさがる。
 「どこかで見た覚えのある、と思えば…」
 忌々しげな視線の先を辿り、キョーコは昂然と叫んだ。
 「そうよ、敦賀さんが貸してくれたの。アンタよけのお守りにね!やっぱり、魔界人のアンタには神の寵児の持ち物に触れることなんてできないんだわ!!」
 「神の…?だとしたら黒い神の、だな」
 「何言ってんのよ、アンタじゃあるまいし」
 にべもなく言い捨て、キョーコは昂然と胸を反らした。
 「とにかく!私に触ろうなんて考えないことね。でないと、容赦なくコレをお見舞いするわよ!」
 「…仕方あるまい…以前の石にも勝る禍々しさだ、それほどのモノを浄化するには、俺でも準備が要る…」
 「はあ?」
 どこまでも妙な男、とキョーコは斜めに体を引く。しかしとにかく相手は了承したらしいと見て半身を返した。
 「じゃあそういうことで、本番まで近寄んないでちょうだい!いいわねっ」
 言いつけてブリッジロックの待つ場所へ戻る背中を見送ったのは、今度は怪しく光る紫の瞳だった。



 「行くぞ」
 レイノが手を差し出した。
 「アンタに手を取られて登場なんかしたら、ファンがうるさいわよ」
 じっとり言うキョーコに、彼はうすく笑う。
 「黙らせろ」
 周囲で他のメンバーたちが頷いた。



 レイノが歌いだした瞬間、キョーコはそくと背をのぼる小さな戦きを覚えた。
 練習の時よりも甘く深い、誘うような声音。違う。挑むような。ここへ来てみろと。
 キョーコはひとつ息を呑み、微笑んだ。行ってあげようじゃない、首根っこ洗って待ってなさい。
 ベースに目を遣り、半音上がるタイミングを貰う。

 JUST YOU

 ターン
 ドラムスの放った最後の一音が、揺らめきながらライトの渦を振り払って暗い空へ吸い込まれていく。キョーコはマイクの前から一歩下がり、そっと息をついた。
 客席は、ただ黒い穴のように静まり返っている。失敗、という文字がちらつき不安に襲われた時、わっと歓声が弾けた。中に、確かに彼女を呼ぶ声がある。
 慌てて周囲を見回すと、ヴォーカルは当然だと言いたげに澄ましかえり、ドラムスは頭上でかんとスティックを打ち、キーボード・ギター・ベースはこんどはちゃんと親指を立てている。
 キョーコは晴れやかに笑い、客席に深く一礼した。
 ビー・グールのメンバーたちに背中を叩かれながら袖に引っ込むと、前方にいやなものが二つ。いや二人。
 その片方、坂東ひろしがせかせかと近寄って来た。
 「いや京子ちゃん、よかったよ。さすが私が見込んだだけのことはある」
 「坂東先生、俺らもすぐ出番ですよ」
 「わかってるよ不破君、食事に誘うだけだから。どうだね京子ちゃん、このあと…」
 言いかけたひろしと、足を踏み出そうとしたレイノが同時に動きを止める。奥からさわさわと渡って来るざわめきの中心で、かつと小気味良い靴音がした。通路から颯爽と現れたのは。
 「つっ…敦賀さん!?」
 「やあ最上さん、お疲れ様。歌、よかったよ。車の中で聞いてた。あ、車に花があるから、あとであげる」
 「へ!?あ、あの、ありがとうございます」
 蓮は後輩の前に立つと、にこやかに視線を移した。キョーコに手を伸ばしかけたままぽかんと固まっている演歌歌手に。
 「坂東先生、でしたね。先日はうちの後輩がお世話をおかけしましたそうで」
 「え?あ、いや、別に。つ…敦賀君がどうしてここに」
 さしものひろしも生敦賀蓮の前でへどもどしている。京子のファンとも言っていたことだし、結構ミーハーなようだ。
 「俺も彼女も、このあと事務所に呼ばれてましてね。俺が通り道だったので迎えに寄ってくれと頼まれたんです」
 「え」
 何か言いかけるキョーコを目顔で黙らせ、蓮はあくまでにこやかに言い継いだ。
 「エンディングが終わったらすぐ出るからね、京子ちゃん」
 「あ、は、はいっ!お手数おかけします!!」
 「お話中すいません。坂東先生、そろそろ出番ですよ」
 尚が割り込んだ。きつい視線を蓮に当て、
 「どうも、敦賀サン。よかったら先生と俺の歌も聞いてってくださいよ」
 挑戦的に言う。
 「やあ、不破君。君たちがトリだってね。さすがだよ」
 「坂東先生のお力ですよ」
 「いやいや、不破君も今すごい人気だしね。それに、今回は情念あふれる素晴らしい曲を書いてくれて。今後もぜひお付き合い願いたいものだ」
 「はは…」
 尚のうそ寒い笑いには気付かず、トップ俳優の前で持ち上げられた大物演歌歌手は上機嫌で言うのだった。



 「…へえ、不破君もなかなか器用だね…」
 ヤケクソのようにこぶしを回しまくっている尚の姿を見ながら、蓮が呟く。
 キョーコは首からネックレスを外してハンカチで拭いてから差し出した。
 「敦賀さん、これ本当にありがとうございました!すごく役に立ちました」
 「そう。それはよかったけど…」
 役に立つようなシチュエーションになったのかと口の中で呟き、蓮は少々笑顔を深めた。キョーコがぴき、と凍る…



 「ふうん」
 鼻を鳴らすミロクに、レイノは白っぽい視線を流す。
 「…なんだ」
 「アレが、お前の言うライオンってわけだ。凶暴そうには見えないけどな」
 ドラムスは青い瞳だの金のたてがみだのという言葉を聞いていない。どこかしら面白そうにボーカルを見返した。
 「……」
 むっつり黙り込むレイノの姿に、小さく笑った。
 「龍ならぬライオンを従えた観音様、ね。厄介な相手だな?」
 「おかげで退屈はしない。ひとつわかったこともあるしな」
 「うん?」
 ミロクはレイノの言う内容にではなく、レイノ自身の態度に興味しんしんといった顔をする。それへヴォーカリストはゆっくりと、うすくうすく笑った。
 「キョーコに憎まれるには、まず愛されねばならんらしい。少し、方向性を変える必要があるな…」




-「妙法蓮華」・完- web拍手 by FC2

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妙法蓮華(10)

 「大体、アンタたちはまだ出番ずっと後でしょ、なんでこんな朝一番に来てんのよ!?アンタが爽やかにオープニングに出てるところなんて想像もできないんだけど!」
 どきっぱり言い切るキョーコに、レイノは表情も変えずに
 「当然だ、そんなものに出るか」
 やっぱりきっぱり言い切った。
 「じゃあなんで…」
 「お前が、本番前にインタビューを受けると言ってたからな」
 「は?」
 キョーコは意味が取れずに眉根を寄せる。確かに、畑違いのタレントたちに心境や意気込みを尋ねようという、少しばかり趣味の悪い取材を彼女も申し込まれている。しかし、それがどうしたと言うのだ。
 キョーコの心を読んだかのように、レイノがあっさり言った。
 「俺も同席する」
 「はあ!?何言ってんのアンタ。予定外の人なんていたら、相手方にだって迷惑よ」
 「ユニットの一方なら、そうとも限らんだろう。むしろ喜ばれるんじゃないのか」
 嘯くヴォーカリストに、番組の性質から言ってないとも言えないと思ったキョーコは黙り込んでしまう。そこへ…
 「あ、いたいた。京子ちゃーん」
 弾んだ声がかかって振り返ると、客席の後方に機材を抱えた小グループの中央で、マイクを持った人物がにこにこと手を振っていた。
 「光さん!?」
 これがよく見れば知り人、後ろの二人の名も勿論知っている。
 「おはよー。そっちはビー・グールのレイノ君やね。おはようございます」
 「おはようございます、光さん慎一さん雄生さん」
 「…ああ」
 嬉しそうにてけてけキョーコに歩み寄って来るタレントに、レイノはじろりと胡乱げな目を向ける。とたん、キョーコに叱り飛ばされた。
 「ちょっとアンタ、先輩に向かってその返事は何よ!挨拶もまともにできないの!!?」
 「きょ、京子ちゃん、いいんだよ。彼には彼のキャラがあるんだろうし」
 「でも光さん」
 「構へんって。
 「ところでな京子ちゃん、俺らクジでゲリラインタビュアー当たってん。今日はあっちゃこっちゃ出没するさかい、よろしゅうにな」
 「そうなんですか!?こちらこそよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げるキョーコに目を細め、光はマイクを握りなおす。
 「ほな早速、京子ちゃんにインタビューさしてもらおかな。これ録画して、合間合間に流すそうやで」
 「はい。光さんがインタビュアーなんて、話しやすくて嬉しいです!」
 「いやあ」
 ブリッジロックのリーダーが照れ笑う。その視線を遮るように、黒い塊が進み出た。
 「俺も同席させてもらう」
 と右手を差し出すのを握手を求めているらしいと気付き、光は一瞬不思議そうな顔をする。が反射か天晴れプロ根性か、自分も笑顔で右手を出した。
 するとレイノはその手を握るでもなく軽く腕に触れ、両目を少し細めて呟く。
 「…安全パイか」
 「は?」
 「何でもない」
 それきりビジュアル系バンドのヴォーカルは手を引っ込め黙り込んでしまった。
 インタビュアーは気を取り直して後ろの二人に合図し、取材開始を告げる。
 「はい、富士TV8時間ソングスペシャル『歌は人類を癒す』突撃インタビューbyブリッジロック!まずは今日の目玉ユニットの一つ、“ビー・グールfeat.京子”の京子ちゃんとレイノ君にお話を伺ってみましょう!よろしく、二人とも」
 「こちらこそ」
 「ああ」
 明るい声を張り上げる光に、キョーコがにっこり、レイノはぶっすり応えた。
 「ところで京子ちゃん、今日はいつもとえらい雰囲気ちごてんけど…いや、カッコええなあ。それ、今日の歌に合わせてってこと?」
 ショート&タイトなカットソーにミニスカート、ベルトをクロスアップさせたエンジニアブーツにレースアップのショートジャケット。メイクも相俟って、確かにいつものキョーコとは随分違った印象を与える。
 キョーコは僅かに頬を染めて頷いた。
 「あ、はい。ある方にアドバイスを戴いたんです。事務所の先輩なんですけど」
 レイノの表情が僅かに動くが誰にも気付かれず、話はそのまま流れて行く。
 「そうなんや。歌の方もカッコええんやろうね~」
 「え、と…そうですね、魔…レイノさんが、書き下ろして下さって」
 「え、レイノ君作曲するんや!聞いてへんで、初めてちゃう!?」
 これはおいしいネタ、とばかりマイクがレイノに振り向けられた。
 「…まあ。歌は祈りに近い、人間にとってより本質的なものだ。キョーコに歌わせるなら、俺が書くのが一番だろう」
 意味深な台詞に、今度は光の口元が微妙に引き攣った。しかし彼は頑張る。
 「いや~、気合入ったはるやん。本番が楽しみやな~。ほな、歌のテーマはどんなとこで?」
 レイノはちょっと考え、微笑と薄笑いの中間ぐらいに唇を歪めた。
 「手を伸ばす勇気、と言ったところか」
 「え」
 意外そうな声を上げたのはキョーコだった。まじまじと隣を凝視する。
 「何だ」
 見返すレイノに、彼女はほとんど茫然と呟いた。
 「何、そのまともっぽいセリフ…」
 「きょ、京子ちゃん」
 光が慌てる。録画してんだよ、コレ。
 「まともとかどうとか俺は知らんが」
 対して落ち着き払っているのはレイノ本人だ。どういう人物なのか。
 「お前は修行中の菩薩に似ている。成就すれば仏となり、破れれば夜叉と成り果てる…鍵を握るのは今のところ、青い瞳と金のたてがみを持ったライオンか」
 「はあ!?ちょっと何言ってんのアンタ。頭大丈夫…じゃないのは知ってるけど」
 「どっちにしても、いずれ選択の時は来る」
 「だから!」
 「俺としては、破れて夜叉となったお前が俺の手に落ちるのがベストだがな」
 『えええ!!?』
 大声を上げたのは、成り行きについて行けずに点目で見守っていたブリッジロックの三人だ。
 「京子ちゃん…」
 心配そうな光の視線を受け、キョーコはにっこりと微笑を返した。
 「すいません、光さん。
 「今のインタビューはなかったことに!!!
 「ちょっとアンタ、こっち来なさいよ!!」
 一転、ものすごい勢いで叫び、レイノの襟首を引っつかんで彼女は駆け出す。
 残されたタレントたちには、為す術もなくそれを見送ることしかできなかった。
 


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妙法蓮華(9)

 「つっ敦賀さん」
 「じっとしておいで」
 わうわう言うキョーコを顎を捉え、蓮は笑い含みに命じる。
 「で、でもなんか、恥ずかしいです」
 少女はジタジタと男の手を逃れようとするが、俳優はそれを優しく、かつしっかりとホールドしてリップブラシを小さな唇に近づけた。
 髪色に合うコーラルオレンジで輪郭を取ると、キョーコは羞恥にぎゅっと目を瞑る。
 「唇開いて」
 下あごを親指で押し、もう少し紅の勝ったマットな色を唇全体に乗せた。ふるふる震える睫毛にかすかに指をかすらせて仰向かせると、検分するようにいま顕れた紅を見つめる。
 ティッシュを咥えさせてから少しずつ色を変えて同じ手順を2回繰り返し、
 「…終わったよ」
 溜め息のように囁いた。
 ばちっと目を開いたキョーコが鏡の中で瞬きする。
 「敦賀さんって、万能ですか…!?」
 蓮の手で施されたメイクはクールガール系。ソングスペシャルの本番も近くなり、どんなビジュアルにすればビー・グールと一緒に出て浮かないのか迷うキョーコに、通りすがったと楽屋を訪れた俳優が『俺がやってみようか?』といささか強引に申し出たものだ。
 「まさか」
 蓮は笑う。
 「できることしかできないよ。現に、料理はからきしだろ?」
 「なさらないだけ、って気がします」
 言いながら右左と角度を変えて鏡を覗き込んでいるキョーコに、彼はふと微笑みながら後ろから手を伸ばした。頬にかかる髪を指で後ろに流し、
 「…胸元が淋しいかな」
 小さく呟く。キョーコがへこ、と項垂れた。
 「スイマセン胸がなくて…」
 「え。いやそれはむしろ、クール系には向いてるんじゃないかって
 「いや違う、そうじゃなくて」
 蓮は珍しく慌て気味に咳払いした。両手を挙げ、自分の首の後ろに回す。
 「これを、暫く貸してあげるよ」
 「えっ?」
 半分振り返る女優の胸元を飾るのは、彼が私服の際はいつも身に着けているペンダント。キョーコは彼女には長い鎖に触れ、蓮の顔を見上げた。
 「で、でもこれ、いつもつけてらして…よほどのお気に入りでは?」
 「うん、まあね。だから悪いけど、この仕事が終わったらすぐ返してもらえるかな?」
 「はあ、でも…」
 「持ってて。俺のしるしに」
 「はい?」
 「だってあのヴォーカルは、俺が苦手なんだろう?お守りになるかもしれないよ」
 言われて大きく頷く。
 「なるほど!!」
 本気で感心している。
 「スゴイです、さすが敦賀さん!ええ、絶対有効ですあの魔界人には!!すごいすごい、これで安心して仕事に専念できます!
 「…でも、ほんとにいいんですか?」
 あまりの喜びように自分が照れてしまった蓮は口元を押さえ、何とか微笑を作って見せたが…
 「構わないよ」
 「ありがとうございます!終わったらすぐ、その足で返しに参りますね!!」
 彼の思惑通りの約束を宣言するキョーコに、その微笑は本物の破顔となるのだった。



 そして、いよいよソングスペシャル当日。
 生放送の会場となる野外ホールに着いたキョーコは、案内された控室で着替えとメイクを済ませ、ステージを見に行った。忙しく立ち働く設営スタッフたちの邪魔にならないように客席の間に立ち、指で広さを測る。
 「意外と広いわね…」
 呟いた時、
 「なんだ、びびってるのか」
 背後の声にさっと振り返ると、案の定ポケットに手を突っ込んだレイノが立っている。
 「よう」
 と曲がりなりにも挨拶した直後、ビジュアル系バンドのボーカリストはキョーコの姿を見て口端を少し持ち上げた。
 「…ほう」
 「何よ」
 「結構サマになってる。お前は本当に、衣装とメイクで変わるな」
 「褒めてるのかけなしてるのかわかんないんだけど。またサギとか言うわけ?」
 わからないと言いつつ貶された前提の物言いをする女優に、今日もやはり黒衣に身を包んだ男はふっと笑った。
 「俺は似合ってると言ったつもりだが」
 「なっ…!?」
 意外な台詞に、キョーコは…
 眉間に、いく本もの縦じわを寄せた。


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妙法蓮華(8)

 「…ほほう」
 横で、初老に差し掛かる頃合の男が低く唸った。
 しかし尚はそれどころでなく、目を瞠ったまま立ち尽くしている。力の抜けた腕組みがスルリと解けた。
 「何だ、これ…!?」
 視線はキョーコの口元へ。確かに、動いている。歌っている。
 喋る時よりも少し低い、けれど豊かに響くキョーコの歌声。ねっとり絡め取ろうとするようなレイノの声を時にさらりとかわし時に寄り添い、絶妙のハーモニーを紡ぐ。
 そして尚は、その調和を生み出しているのがレイノの側であることをプロのミュージシャンとして聞き分けていた。
 意外、と言うよりは…
 衝撃。
 レイノの音楽的素養がこれほどであるとは思っていなかった。
 (売れる)
 と直感した。今の曲が発表されれば、世間の話題を掻っ攫うに違いない。もしかすると、自分たちのユニットよりも…と尚は横目を遣う。
 キョーコ達のスタジオに入る直前、ちょうど来合わせて事情を聞くや待つから同席させろと言い出した坂東ひろしは、妙に嬉しそうにキョーコを見ている。と思ったら、大仰に両手を振り立てた。
 「いいねえ、実にいい!いやー、京子ちゃん歌もいけるんだね!声質も声量も素晴らしいじゃないか。君、この際私の弟子になって歌手デビューしないかね!?」
 「はい!?」
 キョーコがマイクを持ったまま素っ頓狂な声を上げる。
 「ユニットも、富士に変更を申し入れてみよう。坂東ひろし&京子、うん、話題性もばっちりだ。君たちも、不破尚withビー・グールなんて、若い娘さんたちに大受けしそうじゃないか」
 「ちょ、このジ」
 「尚!」
 「あの、一体」
 うろたえるキョーコをよそに、坂東先生はすっかり一人で盛り上がっている。
 「CDの初回プレスはどのくらいになるかな…」
 「せ、先生。そんな無茶な。ユニットはもう発表されてますし、今更変更なんてしたらイメージが悪く」
 マネージャーが泣きを入れてもどこ吹く風、とてとてとブースの中へ入って行ってしまった。
 「あ、ちょっと…」
 さすがに慌て気味の尚が続く。
 「いやあ、私は前から君のファンだったんだがね。今歌を聞いて、ピンと来たんだよ。君の歌には、日本人が失いつつあるド根性がある。ぜひ育ててみたい。そして堕落する日本社会に喝を入れようじゃないか!」
 演歌歌手はキョーコの手を取らんばかりに詰め寄って力説し出した。鼻からぶんぶん空気が洩れている。
 「幼めな容姿もいい。これから花開いていく過渡期の危うさと、前に出る力強い声のアンバランスさが、堪えられない魅力になるだろう。
 「それに君は肌が綺麗で清潔感がある、これも強みだ。たしか京都出身だとか…うん、京女の肌だね」
 手を取り指を撫でるセクハラ親父の前に、キョーコは仲居モードに入ろうとする。何か喚き出そうとして祥子に押さえられる尚の姿は目に入っていない。
 「恐れ入ります。ですが…」
 言い終える前に、隣に影が立った。今日も黒い服を纏ったレイノが、無表情に坂東を見下ろす。
 「何だね、えー、レイノ君?だったか。私は京子ちゃんに話をしてるんだが」
 「……」
 見下ろす。
 「…!?」
 坂東の顔色が変わった。急に周囲の気温が下がったとでも言うように自分をかき抱いてしきりに首を傾げる。それへ、祥子を振り払った尚がまだ荒さの残る声を投げた。
 「坂東先生。行きましょう、今日は俺と打ち合わせに来てくれたんでしょう?俺の方も、話ありますから…」
 「あ、ああ、不破君。そうかね?」
 なにかホッとした顔をして、坂東はブースの入り口に立つ尚を見返る。
 「話とは?」
 一瞬未練がましくキョーコを見てからせかせかブースを出るのを脇へどいて通し、尚は口の端で言った。
 「ええ、俺、先生に曲書こうと思って」
 「ほう!」
 坂東が、急に元気になった。



 「アンタ、何したの」
 演歌歌手ご一行様の消えたドアから、キョーコはレイノに視線を向け変えた。
 「何とは?」
 「とぼけないでよ。あの人アンタが前に立ったら急に様子がおかしくなったじゃない。何か呪いとかそういう…」
 「別に、そんなものじゃない。ちょっと守護霊と話をしただけだ」
 「はあ!?
 「もー、わけわかんない。バカショーはバカショーで妙なこと言ってたし。演歌書くつもりなのかしら」
 「よほど驚いたんだろう」
 ヴォーカリストが喉で笑う。
 「自分より俺の方が、お前をよく活かせると知ってな…」
 「何よそれ、気色悪い…」
 「おい似非天使」
 横から呼ばれて、キョーコはギターに向き直った。
 「いい加減その呼び方やめてよ。何!?」
 「…あー…」
 ギターは歯を食いしばるような引き攣るような珍妙な顔をしている。どうも笑おうとしている様子が見えるが、じきに諦め投げつける勢いで言った。
 「よかったぞっ。まあまあ」
 親指を立てるが、指の先はへこりと折れている。
 「はあ?」
 「こんな歌えると思ってなかった。正直、レイノ君がなんでお前なんかにこだわるのか理解できなかった…って言うか今でもできないけど、まあ、なんだ、
 「…見直した」
 「…え」
 語調に問題があるがどうやら褒めているらしいと悟り、キョーコはほとんど愕然とした。
 「気持ち悪いわねっ、何企んでるのよ!?」
 「ご挨拶だな、キョーコ」
 レイノがすらりと宙を撫でる。
 「うちのメンバーは一人を除いて正直者ばかりだぞ。まあ、正直すぎるのが困り物だが」
 除かれた一人はドラムセットの向こうで『お前も含めてな』と言いたげに肩をすくめている。困惑するキョーコに、ベースがぼよんぼよんと4つの音を出して見せた。
 器用にも、“か”“ん”“げ”“い”と聞こえた。



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妙法蓮華(7)

 都内にある、プロ御用達の貸しスタジオ。
 「早く早く、急いで」
 「何だよ、まだ時間あるだろ」
 覚えのある声を聞きつけ、キョーコはドアの前でぴたりと立ち止まった。彼女はビー・グールとのユニット練習のために呼び出されて来たのだが…
 「時間にうるさい方なのよ…大御所をお待たせするわけに行かないでしょ!?」
 「ったく、なんで俺がンなジャンル違いの…」
 角を曲がって現れた一組の男女が、彼女に気づいてやはり足を止める。
 「…キョーコ」
 男の方が、目を瞠って呟いた。
 「ショータロー…あんたも今日、ここだったの!?おおいやだ、なんてゲンが悪いのかしら!ただでさえ嫌な仕事だって言うのに、あんたの顔まで見るなんて!
 「あ、祥子さんこんにちは、ご無沙汰してます」
 「え、あ、こんにちはキョーコちゃん。本当、久しぶりね」
 「お疲れ様です、いつもこのバカの世話なんて大変ですよね!」
 「…お前」
 ばしばし言い放つキョーコに、尚が何か言おうとした。そこへキョーコの前のドアが室内側に吸い込まれ、
 「何の騒ぎだ」
 レイノが顔を出す。
 「……」
 尚が低く舌打ちした。不快を露わにする顔に冷ややかに笑みかけ、レイノはすいとキョーコの背に触れた。
 「始めるぞ、早く来い」
 「え、ちょ」
 「おいコラ、挨拶もなしか!!業界人としてどうなんだ!?」
 「ちょ、ちょっと尚!」
 尚はいきり立ち、マネージャーの制止も聞かずキョーコの背に置かれた骨っぽい手をつかみ上げる。ビー・グールのヴォーカリストは一瞬ぴりと緊張を走らせたが、じきに冷えた瞳のまま喉だけで笑った。
 「それは失礼。こうか…?
 『やあ久しぶりだね、不破くん。元気そうで何よりだ』
 「不破くんだあ…!?気色悪ぃな、テメエそりゃ誰の口真似だ。全っ然似合わねえ!」
 「さあな。ただ、意外に気の合うところがあったかと思って」
 「はあ!?ふざけんな、誰がテメエと」
 「でかいお守りライオンが苦手だろう?」
 「…!?」
 「まあそんな話はどうでもいい。スペシャルユニットの練習があるんでね…」
 ちょっとやたら触んないでよ、と文句を言うキョーコの声は綺麗に無視して、レイノは室内に引っ込もうとする。尚が食い下がった。
 「待ちやがれ、まだ話は終わってねえぞ」
 「悪いが、お前に構っている時間はないな。こちらはお前のように完成された大御所と組むわけじゃない、まだまだ研鑽する必要がある。…キョーコが俺の作った歌を歌いこなせるようになるまでにはな」
 「…!?お前が?テメエんトコは、いつもちんちくりんのかたっぽ…キーボードか。アイツが曲書いてんだろうが」
 「ちんちくりんとは何だー!!」
 突然、憤懣やる方ないといった叫び声が響いた。当のキーボード担当が室内から飛び出してくる。
 「黙って聞いてれば、この不破ボンは!レイノくんに絡むんじゃない、チンピラめっ」
 「んだあ!?どっちが絡んでるってんだふざけんな。
 「だー、テメエなんぞどうでもいい!…くそ!おい犬野郎」
 悪し様に呼ばれ、レイノはキーボードとキョーコをスタジオ内に押し込みながら視線だけ尚に向けた。
 「見学させろ!お前が書いたとか言う変態ソングを、俺に聞かせてみやがれ。ヘタなもん聞かせてみろ、ガンガンツッコミ入れてやる!!」
 「ちょっと尚!」
 「いいだろ祥子さん、ちょっとくらい。まだ時間あんだから」
 「でも…」
 「俺は構わんが」
 「ほら、アイツだってそう言って………え?」
 「俺がキョーコのために書いた曲を聴きたいんだろう?構わんぞ。聞いて行けばいい、お前にはそれしかできないんだからな」
 「なっ…」
 「ちょ、ちょっとアンタ、何言ってんのよ!!なんでバカショーの前で歌なんか!」
 室内からキョーコの抗議が聞こえる。レイノが低く笑った。尚を見て。
 「心配するな、ジャンル違いの大御所と組まされる不破よりも、お前の方がよほど有利だ。まあそれも、俺がお前のためだけに書いた曲あってのことだがな…」
 言われて尚は、本日の待ち合わせ相手の名を思い起こした。坂東ひろし。芸能生活38年、演歌界の重鎮だ。こう大物が相手では、さすがの尚もそちらのジャンルに合わせる他はない。
 痛いところを突かれ、トップセールスを走り続けるミュージシャンはむっつり黙り込んだ。
 ややあって、低い喉声で言う。
 「…上等だ…
 「とっくり聞いてってやらあ、俺を賛嘆させて見せやがれ!!はん、どうせキョーコだからな!無理に決まってんだ、精々笑わせて貰うぜ!!」
 「なんですってええ、このバカショー!!!」
 キョーコの怒声に、レイノはスタジオのドアを大きく開けて腹から叫ぶ女優の声を通した。素晴らしい声量が壁でかんと跳ね返って反響を加え、尚は音に襲い掛かられたような感覚に立ち竦む。
 「!?」
 「やってやろうじゃないの。あとで吠え面かくんじゃないわよ!」
 びしい。厳しく指を突きつけるキョーコと不快と狼狽の入り混じるまま立ち尽くす尚を見比べ、レイノはするりと腕を組み、声もなく笑った。
 


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