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あした世界がおわるとしても(10・完結)

 「キョーコ?」
 見上げる蓮に、キョーコはほんのり微笑んだ。
 「無理しなくていいんですよ?敦賀さんが辛いこと、させたくありません」
 「…!俺は」
 「勿論、聞いて欲しいって仰るならいくらでもお話聞きます。だけど義務とか…もしかしたら不安のせいで言わなくちゃって思ってるだけなら、そんな必要はないんだってわかって下さい」
 「キョーコ…」
 「何があってもなくても、貴方が望んで下さるなら私はそばにいます。いつまでも、もし明日世界が終わるなら、その最後の一瞬までも」
 「……」
 蓮は恋人を引き寄せ、強く抱きしめる。けれど包まれているのは自分だと感じていた。
 「ごめん」
 ぽつりと言う。
 「もう少しだけ、待ってくれるかな。それで勝手だけど、いつかは聞いて欲しい」
 「はい、勿論」
 返った答えがこの上なく優しかったから、彼はますます腕に力をこめる。
 「君は、どんどんいい女になるね」
 「え」
 「君はいつも最高だけど、それが刻々と上昇して行く。俺はその度に惚れ直さなきゃならないよ…」
 「なっ」
 キョーコがもぞもぞ身動きし始めた。
 「何言ってるんですか、もう。すぐそういう台詞吐くんですから、貴方は」
 巻きつく蓮をひっぺがそうとするが、当然のごとく許されない。ただほんの少しだけ緩められた腕に、彼女はそっと手を置いた。
 「ほんとに、もう…」
 俳優が顔を上げる。
 「呆れた?でも台詞じゃないんだよ、思ったこと言ってるだけだ。いけないかい?」
 「い、いけないってことはありませんけど。でも。私、もうわかってますよ?その、敦賀さんが私のこと、えと、想ってて下さるの」
 「伝わってることと伝えることは別の話だよ」
 ぽん、と返されて彼女は数度瞬き、小さく唸ったと思ったら
 「えいっ」
 ずこ、と蓮のつむじを突いた。
 「!?」
 驚いて力の抜けた腕をするりと抜け出し、素早く自分の席に戻る。鍋の蓋を外し、菜箸を取り上げた。
 「じゃ、私もしつこく伝えます。食事はきちんとなさって下さいね!人間、食べないと死んじゃうんですよ」
 くつくつ呟く鍋の中身を取り皿に手際よく盛り、ずいと正面に座る男に差し出す。
 蓮は受け取りながら苦笑した。
 「はいはい。君を結婚前から未亡人にしたりしないよ」
 「け!?…っこ」
 「さっき、俺が望むなら一生そばにいるって言ってくれただろう?」
 「い、一生とは」
 「あれはそういうニュアンスだったよ」
 「う…」
 菜箸からシイタケが何度も逃げる。びし、とそれを捕らえ、キョーコは強い声を上げた。
 「そ、それはそれとしてですね!」
 「うん?」
 「未亡人って言葉は、ほんとは他人が使っちゃいけないんですよ。旦那さんが亡くなったのにのうのうと生きてる奥さん、みたいな意味なんですからねっ」
 「え、そうなの?ひどいな」
 「ええ、だから本人しか言っちゃいけないんです、本来」
 「そうか…ごめん。
 「って、今はそこは……うん、いや、でも…そうだな、返事はまだしてくれなくてもいいよ」
 「はい?そうなんですか?」
 蓮は明らかに安心するキョーコの様子に苦笑を浮かべた。
 「うん。プロポーズはまた日を改めて、きちんと環境を整えてするから。指輪と花束を用意して、ホテルのディナーを予約して…
 「その時、返事はわかってるけどちゃんと伝えて欲しいな」
 「は、あ。しょってますね…」
 「それも返事になってないかな?」
 斜め下を目だけで見下ろし、キョーコはテーブルに鍋敷きを置いた。そこへ鍋を移動させ、かわりにカセットコンロにはやかんをかける。火を一番強くしながら、だんだん笑顔になった。
 安心したのか、嬉しいのか。
 考えながら蓮は、自分も似た気分でいることに気づく。たぶん自分は、彼女以上に。
 「食べましょうか」
 促されて、彼は恋人ににっこり笑いかけた。
 「うん、ありがとう。いただきます」
 「はい、どうぞ召し上がれ」
 微笑み合って箸を取ったところで、キョーコがそう言えばと言い出した。
 「何?」
 「この前、変な話しましたよね。もし何かあって、何も食べるものがなくなって、二人でいたら」
 「ああ、君を食べろとか、俺を食べろとか言い合ったこと?」
 「はい…あ、ごめんなさい、食事中に。でも、いままさに“何かあった”状態ですけど、けっこう大丈夫だなあ、なんて思ったんです」
 えへへ、と笑うキョーコに、蓮は愛しげな視線を向けた。
 「そうだね、二人でいれば。君は俺が守るし」
 心から言えば、
 「敦賀さんは私が守ります」
 明るい声が応える。蓮は微笑と共に頷いた。



 だから、一緒にいよう。
 あした世界が終わるとしても、その最後の一瞬まで。



-完-



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あした世界がおわるとしても(9)

 すいません!!ここへ来ていきなり本誌ネタバレ含む、です!迂闊~…!!うっ…どうしよう…
 そ、そんな次第で大丈夫な方のみ…って、9まで来てからかよ…ごごごごごめんなせいいいい~m(__)m











 「母国から、逃げて来たんだ。それで日本に来て、自分を作り直そうと思った。この髪と目は、そのために変えたんだ。日本人になりきって、」
 ぽつりと零す蓮の唇は微笑の形を作っていた。けれど常ならば綺麗な弧を描くはずのその軌跡がほんのわずか歪んでいて、揺れるロウソクの炎が与える陰影の中、それはひどく…
 陰惨、に見える。
 キョーコは息を呑み、じっと恋人の様子を窺った。一瞬でも目を離したら、たちまち塩の柱になってしまうのではないかと疑うかのように。
 「ぼこく…」
 漂うようにこぼれた呟きに、蓮は小さく頷いた。
 「うん。アメリカ。
 「そこで俺は、人を死なせてしまった…」
 「!」
 「俺の目の前で、彼は車に撥ねられた。高く空中に投げ出された彼と一瞬目が合った時は、心臓が凍るかと思った。彼は地面に投げ出されて、体中からどんどん血が流れ出して…命が空気に溶けるみたいに消えて行くのを見ながら、全身が凍りついて行った…」
 彼、って?キョーコの唇が動くが、言葉にはならなかった。かわりに、
 「だからあの時…」
 小さく呟く。ダークムーンの撮影現場で起こったアクシデント。カーアクションの最中に飛び出して来た子供を避けて危うく事故になりかけ、誰一人怪我人も出さずに切り抜けたにも関わらず自失した蓮。
 「でもそれ、事故じゃ…」
 遠慮がちに言うと、俳優は目を伏せてひとつだけかぶりを振った。
 「俺がいなければ…あんな風でいなければなかったはずの事故なんだ」
 戸惑うキョーコに、彼は静かに言う。押し寄せる感情を抑え、かすかに震える声で。
 「自分の思いに囚われて、周りの人に背を向けて、向け続けて…誰の話も聞こうとしなくて。その癖、俺を見て欲しいと望んで。きっと、彼のことも…利用してたんだ。お前に何がわかるんだって、八つ当たりしながら。それでも俺を見捨てない彼に、甘えてた」
 「敦賀さん…」
 「人殺し、って呼ばれたよ」
 「!」
 「彼の…リックの体を抱えた女の子に。俺が死ねばよかったのにって。確かに、そうだと思った。それでもよかったって…」
 「そんなはずありません!!」
 激しい調子で遮られ、蓮は束の間目を瞠った。キョーコは顔を真っ赤にして怒っている。
 「リックさんですか、その方には気の毒ですが、本当には何があったのかなんてことは、私には決してわからないんでしょうが!それでも!
 「それでも…っ」
 「キョ、キョーコ」
 ぼたぼたと大粒の涙を落とす恋人の姿に、蓮は椅子から腰を浮かせる。しかし、一瞬キョーコが早かった。
 がたん、と椅子を蹴立てて立ち上がったキョーコはさっとテーブルを回り込み、驚く蓮の隣に立つ。細い両腕をいっぱいに伸ばし、彼女は俳優の頭を胸に抱え寄せた。
 「私は、敦賀さんが生きててくれなきゃいやです…!!」
 「キョーコ…」
 蓮の腕がそろりと伸びる。自分にしがみつくキョーコの腰を抱え、彼はそっと目を閉じた。
 「ありがとう。愛してる…」
 キョーコからぴきりと音がした。
 「?」
 見上げると彼女はやはり真っ赤なのだが、眉が下がっている。
 「どうした…?」
 「い、いえ…あの、ちょっと納得してただけです。敦賀さん、甘ゼリフが平気なのもスキンシップが過剰なのも、外国の方だからだったんだって…えと、すいません、話の腰折って」
 蓮はちょっと笑ってしまった。
 「俺も納得した」
 「な、何をデスカ」
 「君さえいれば、俺は大丈夫だって。君の中では空想も現実もすごく確かなんだね」
 「バカにしてるんですか…」
 「まさか。そういうところに救われてるんだよ、俺は。昔からずっと」
 キョーコが軽く首を傾げる。昔は私、嫌われてましたけど。
 「そうじゃなくて…」
 「あっ!!」
 話の順が飛ぶがどうするかと逡巡する蓮を突き飛ばし、キョーコはぱっと身を離した。素早く布巾をつかんで噴きこぼれそうになっている鍋の蓋を取り上げる。ほぼ同時にカセットコンロの火を最弱にした。見事な早業だ。
 「ふう…」
 危ないところだった、と腕で額を拭う様子に、鍋ならず蓮が噴き出した。
 「ほんと、君は頼もしいよ…っく、あはははは!」
 笑い崩れる姿をぶっすり睨み流し、キョーコはそれはようございましたとふてた口調で呟いた。
 「敦賀様に楽しんで戴けて大変光栄でございますー」
 憎々しげに言い捨てたかと思うと、苦笑に変わった蓮に向き直る。
 「ねえ、敦賀さん…」
 「うん?」
 返された視線を、彼女はまっすぐに受け止めた。
 「いまのお話、話したくて私に話してますか…?」




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あした世界がおわるとしても(8)

 「敦賀さん…?そんなに火に近付いたら、前髪焦がしちゃいますよ」
 軽く笑いながら蓮の顔に伸ばしたキョーコの手が、はたと空中で止まる。
 「あ、れ…?」
 呟いたきり、彼女は動かなくなった。その手を取り、蓮は自分の頬に当てさせる。甘えるように。
 それから、そろりと顔を上げた。
 「え…
 「つる…がさん」
 キョーコが首を傾げ、瞳をうろつかせ、息を呑んだ。
 「瞳、が…藍色…ううん、青い…?カラーコンタクト、ですか?」
 いま、この状況で。なんのために、と疑念を覚えているのだろう。彼女は訝しげに首を傾げる。
 「あ、今の役で使ってて、入れっ放しのまま帰って」
 「来たわけじゃないよ。むしろ逆」
 「え…」
 蓮の声に、ほんのわずか微笑が載った。秋の微風を思わせる、静かな。
 「これが、俺のもともとの瞳の色なんだ」



 「君に、ずっと嘘をつき続ける気はなかったんだ。そうできるはずもないし」
 くつくつと、煮立ち始めた鍋の声の方がよほどにかまびすしい。蓮は卓の上に両の拳を載せ、静かに静かに言葉を紡いだ。怪物の眠る洞窟に入る人間は、こんな風に喋るのかもしれない。洞窟の守護者を呼び覚まさないように。奥には、光り輝く宝が待っている…
 妙な連想をした、とキョーコは息を継ぎ直す。じっと自分を見つめる青い双眸に堪えず俯いてしまいそうになったが、勇を鼓してまっすぐに見返した。
 「どうして、ですか?」
 蓮が微笑む。
 「だって、一生隠せるわけないだろう?」
 「一生って…」
 「君を一生離す気はないから」
 「!」
 白い肌にぱっと血の色をのぼし、キョーコはあたふたとおたまをつかんだ。土鍋の蓋を上げ、ぐりぐり掻き回す。
 そ、そりゃあ私も何となく想像しないでもなかったんですけどこう何と言うかお帰りただいまって言い合う未来、みたいな?えーでもでも。俯いてほつほつ呟く様子に苦笑を零し、蓮はついと手を伸ばしておたまを取り上げた。
 「そんなに掻き回したら、中身が崩れない?」
 「え、あ」
 我に返ったキョーコが少しずらして蓋を戻し、代わりに火加減を調節した。
 「…俺はこういう風に、君と向き合って生きていくつもりだから、いつかは言わなくちゃいけなかった。と言うか…本当言うと、ゆうべの時点で半ば覚悟してたから、君が気がつかなくて拍子抜けしたくらいで」
 「ゆうべ?ですか?」
 キョーコは不思議そうに呟きながらも頬を染める。初めて蓮と体を重ねた記憶が脳裏に浮かびそうになり、慌てて首を振った。恥ずかしくて、少し怖くてずっと目を瞑っていたけれど。
 「うん。俺、体毛も金だから」
 「はあ。え、金髪ってことですか」
 不得要領なまま頷くキョーコにもう一つ苦笑して、俳優は瞳の前に片手を翳す。
 「うん。他にも、ね。まあその辺はまた今後確認してもらうよ。いくらでも機会はある」
 「確認ですか?わかりました…」
 蓮が笑った。しかし一瞬で口元を引き締める。
 「それに、外見はただの証拠で本質じゃない。
 「キョーコ、俺はね」



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あした世界がおわるとしても(7)

 「もう敦賀さんは、自分だってむちゃばっかりするくせに」
 自室の前まで戻ったら思い出したらしい。キョーコはぶちぶち言いながらポケットから鍵を出した。キーホルダーには小さなプレート型のライトがついていて、青白い光がほんの手元だけを照らす。
 「俺は、できることしかしないよ?」
 蓮が苦笑混じりに言うと、ほのかな灯りに照らされた半顔がじとっと振り返った。
 「はいはい、能力値が高い方の基準を見誤りました」
 「いや、そんな…能力値って。それなら君だって相当」
 「でも私は駄目なんですか?」
 先に客を通した戸主が施錠しながら言う。俳優は困った顔で腕を伸ばした。
 「君を信じてないんじゃないんだ」
 恋人を引き寄せ、うすい肩に顎を載せる。
 「ただ、俺が心配なだけなんだよ」
 「私だって、信じてますけど心配はしちゃうんです」
 「誰を?」
 まだ少しふてた口調をまぜ返すように尋ねると、"少し"がぱっと増殖した。
 「敦賀さんに決まってますっ」
 蓮は笑い出しそうになるのをどうにか堪えてもう一つ問う。
 「どうして?」
 「~意地悪ですね!」
 キョーコはひと声吼えて蓮の腕からもがき出、さっさと式台に上がった。きっと真っ赤な顔をしていることだろう。それでも靴をきちんと揃える所がらしいな、と俳優はひっそり微笑む。
 と、キョーコが急に振り返った。
 「敦賀さん、お夕飯は絶対まだだと思いますけど、お昼はちゃんと食べました!?」
 「あー…」
 「それどころじゃなかった?」
 「そうそれ」
 「…もうっ。この件に関しては、全然信用できないから心配するんですよ?」
 「実は君に心配されるのは嫌いじゃない…って言ったら怒る?」
 「怒りますっ」
 睨んでいる気配から目を逸らし、蓮は自分も靴を脱いだ。ふう、と吐息を落として奥へ向かおうとする背中を後ろから抱きとめる。
 「でもそれも、俺だからだよね?」
 「~っ!もう!!」
 離してください私は夕飯の支度をお~!もがくのをますます強く抱きしめ、彼は先程の問いを繰り返した。
 「それはどうして?」
  キョーコが喚く。
 「そっそんなに言わせたいんですか!?」
 「うん、聞きたい」
 じたじたの小動物の耳に囁くと、彼女はぴたりと動作を止めた。
 「…す」
 「うん?」
 「大好きだからですっ!!これでいいですか!?」
 俳優は自分の顔中に拡がる笑みを自覚した。彼女はいつだって彼に安らぎと自信をくれる。まじり気のない、純粋な好意という形で。
 「ありがとうキョーコ、俺も愛してる」
 呟くように言うと、胸にかかる重みが増した。




 「うちなら、これがあるんですよ~」
 たったらー。
 ロウソクの灯されたダイニングのテーブルに、てーんと置かれたのは薄型のカセットコンロだった。
 「食糧もちょうど買い込んで来たばかりですし、水も出るようになりましたし。ちゃんとあったかいお食事をお出ししますからね。こんな時こそ、きちんと食べて下さいよ?」
 歌うように言いながらキョーコはオレンジ色の灯りに食材をかざし、いたみやすそうなものを選別して行く。
 「でも、電気はいつ復旧するんでしょうねえ。さっき、東の方には明かりが見えたんですけど」
 ふと呟くので、蓮は窓を見遣ったがすりガラスの向こうには何も見えない。
 「うん、まあこっちの方も追々戻るんじゃないかな」
 キョーコはそうですねと笑い、選び出した食材以外を冷蔵庫に戻す。
 「あー、氷もう解けちゃった」
 隅からボウルを取り出すと、中の水がちゃぷんと揺れた。洗い物に使おうかな、と言ってそれを流しの端に置き、小首を傾げる。
 「でもまだ、真夏じゃないだけマシですね」
 今度は蓮が、そうだねと笑った。
 キョーコは乏しい灯りの中でも危なげなく包丁をつかい、手早く鍋の支度をする。
 「冷や御飯がありますから、最後はおじやですね♪」
 蓋を下ろした時、反応しない恋人に気付いて彼女は菜箸を握ったまま顔を上げた。
 曖昧な表情の蓮が陰翳を抜け出て、ロウソクの火灯りに顔を近づけたところだった。



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あした世界がおわるとしても(6)

 「敦賀、さんっ!?」
 「!!」
 この数時間というもの聞きたくて聞きたくてひたすら足を運んで来た声を聞き、蓮はむしろ疑うようにわずか肩を引いた。
 「キョー、コ?」
 闇を透かすようにしても、到底顔は見て取れない。しかしちょうど彼の腕にすっぽり収まりそうな華奢なシルエットが、他の誰のものだと言うのか。
 「キョーコ!」
 蓮は走り出した。肩からするりとバッグの肩紐が落ちる。
 どさりという音を聞いた時には、半日というもの求め続けていたぬくもりを抱き締めていた。
 「よかった、無事で…っ」
 胸のあたりから聞こえた震え声に、それは自分の台詞だと思う。
 「君こそ…」
 やっとそれだけ言うと、俳優はいっそう強く恋人を抱き締めた。信じていた、無事だと信じていたけれど。それが、胸にすり寄るやわらかな頬の感触ほど確かなはずがない。
 「…でも」
 腕のなかで、ふふ、と小さな笑い声がした。
 「何?」
 「いえ、もしかしたらって思ってたけど、ほんとに帰って来てくれたので。交通機関も何も止まってたでしょう。ずっと、歩いて来たんですか?危ないことして」
 すこし困ったようにキョーコが言う。
 「ほんの30kmそこそこだよ。何もなかったし」
 「ほんの、って距離じゃないと思いますけど…」
 「君と隔てられた距離だと思えば、そうだね」
 蓮は低く囁き、少し身を離す。顔を上げたキョーコの唇あたりに見当をつけ、短く口づけた。
 「こんな路上で君にキスできるなんて、暗闇も悪くないな」
 「な、何言って…もうっ、いいから、早く私の部屋に行きましょう。念の為、敦賀さんの荷物作って持って来てますから」
 「ああ、やっぱり。君ならそうしてくれると思った。ありがとう」
 ぱっと離れて歩き出すキョーコにバッグを拾い上げてから従いながら、蓮は不意に小さな息を洩らした。微笑をひっこめ、照れ隠しのように大きく振られる手をつかまえて引き寄せる。
 「ひゃ!?な、何」
 「キョーコ!君こそどうしてこんな時分に真っ暗な外を歩いてたりしたんだ!?」
 問いは性急だった。再会の喜びに惑わされていたが、由々しき問題であるはずだ。なのに詰め寄る蓮に、キョーコは声さえキョトンと答えを返すではないか。
 「あ、敦賀さんのお宅に、様子を見に行こうかなって。もしかしたら戻って来てるかもしれな…」
 「やめてくれ!」
 蓮の声は悲鳴に近かった。
 「危ないだろう!?こんな真っ暗な中、何kmも歩くつもりだったのか!」
 「え、それこそほんの5、6kmですよ」
 自転車が使えると良かったんですけどねー、真っ暗な上に路上障害物が多すぎて危ないですし。そんなことを言うキョーコの声を聞きながら、蓮はほとんど怯える気分になった。知っていたけれど、自分の恋人はまるで鉄砲玉だ。一番に心配すべきは、そこだった。恐ろしい。
 「キョーコ、頼むから…」
 俳優は呻くように言った。
 「離れ離れになった時は、俺が君のところに行くから。どこにいても、絶対、探し出すから。君は安全なところで待っててくれ…」
 「……」
 キョーコは返事をしなかった。さっさと先に立つ後ろ姿の輪郭からは、彼女の感情を窺い知ることができない。
 「キョーコ?」
 「…絶対なんて、どうして言い切れるんですか」
 怒っているのかと思ったけれどそれよりは寂しがっているようで、俳優は胸にいたみを覚えた。キョーコは、いまだにどこかで恐れているのかもしれない。
 失うことを。だから、じっとしていられない。
 「言い切れるよ」
 蓮はやわらかく、しかしきっぱりと言った。
 「俺と君は、何度だって出会う。絶対。時を隔てても、場所を隔てても」
 自分の目をそっと押さえる。
 幼い日に出会った時は、二人とも傷ついていた。ゆえにこそ彼は、二人の未来を見ようとはせずに別れ…
 やがて彼は傷つけた。彼女は傷つけられた。その果てに出会い、寄り添い合う今。それが、絶対であるために。
 永遠で、あるために。
 「つるが、さん…?」
 細い影が足を止め、振り返った。蓮は一歩進んで距離を詰め、慣れた頬の位置へ手を伸ばす。
 「君に、話があるんだ」




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