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フォルトゥナタ(48)

 「どうしてここにいるの…」
 馬車から降りて来た人物を確認するや、キョーコは驚きも露わに叫ぶ。
 「ショーちゃん!?」
 「あ?」
 見慣れた幼馴染が見慣れない格好をしている。レギオンの戎衣を纏った短髪の青年は、彼女の視線を受けて面白くもなさそうに片頬を歪めた。大きな皮袋を片手に抱え、もう片手は腰に置いている。 
 「どうしてってそんなもん、見たことあるおっさんがお前の作ったもん持って来りゃ気付くっつーの。お前の料理は散々食って育ってんだからな」
 「ああなるほど、ってそういうことじゃなくて」
 「なんだよ。俺がレギオンに入ったのがそんなに不思議か」
 「不思議よ!だって、剣闘士続けるって言ってたのに」
 「戦うことで出世するって意味じゃ似たようなもんだろ。それよかなあ、お前!」
 ショーはずいと踏み出してキョーコの鼻先に指を突き付けた。思わず寄り目になる娘をじろりと睨む。
 「な、なに?」
 「なにじゃねえよ。俺は同盟国軍の外国人部隊に入ってたってのにいきなり市民軍に編入されたと思ったら、お前のせいで親父がローマ市民になって、自動的に俺も市民になったって言うじゃねーか」
 「あ、うん、そうなの。おじさま、とっても喜んでくれたのよ。これで商売仲間と対等になれるって」
 キョーコは笑顔になるが、相手はそうでなかった。そう言えば、彼女の『せい』とか言っていた。
 「アホかお前、俺は嬉しくねーよ。同盟国軍ならタダなのに、市民だと給料から食費引かれんだぞ」
 「ああ、市民軍は言わば名誉職だからな…」
 マイウスの呟きに、ショーはふんと鼻を鳴らした。
 「何が名誉だ。先に生活だっての」
 「ショーちゃんせこい…」
 「うるせー。払わなくてよかったもん急に払えって言われりゃハラ立つもんだろーが」
 「それは確かに」
 奴隷商人が深く頷いている。商売人と商売人の子、一脈通じるものがあったようだ。
 いかにも同情的に見えるマイウスの姿に多少気が済んだのか、ショーはやっと語勢を緩めた。
 「まあ、だからってペレグリーヌスに戻りゃ何やらかしたんだって物笑いの種になるだけだ。今更仕方ねー」
 「う、うん、えっと…ごめんね?」
 理不尽な気もしないではないが、彼には子供の頃から謝り慣れてしまっている。小さく頭を下げると、幼馴染は肩を揺すって返事に替えた。
 「で、だ。本題に入るぞ。楽器の調整兼ねて納品の話煮詰めて来るつって出て来たからな。仕事はしとかねえと叩き殺されちまう」
 キョーコはぞっと身を震わせた。武器不携行の見張りの末路を聞かされたばかりだ。ローマ軍の規律の厳しさは想像するに余りある。
 「なら、こっちへ。楽器の方は口実だからいいとして、ちゃんと商談はしなきゃあな」
 マイウスがテントの方へと促す。あとに従いながら、キョーコは幼馴染の顔を見上げた。
 「びっくりして挨拶忘れてたけど、久しぶり。元気そうね。ちょっと大人っぽくなった?」
 「お前は相変わらずガキくせーな」
 「もう、口が悪いとこはそのまんま」
 ちょっと膨れる。テントの入り口を潜りながら、
 「楽器ってそれ?なに?」
 ショーの抱える皮袋を指した。
 「コルヌ(ホーン)だよ。俺は類稀な音楽的素養を見込まれて、軍のコルニケン(ホーン吹き)やってんだ。俺様の吹くコルヌで野郎どもは勇気百倍、果敢に敵に立ち向かうってわけだな」
 幼馴染は得意げに大きな荷物を指す。何だかんだ言って軍の仕事にやりがいを感じているようだ、とキョーコは安心した。
 丈夫な作りの旅用長持を椅子代わりに座ると、じきに湯で割ったワインが運び込まれる。キョーコは急いでショーの好物の菓子を取って来た。副え食にどうかと試食用のメニューに加えておいたから、多分ショーもこれで彼女の料理だと気付いたのだろう。心なし嬉しそうな顔をしている。
 「じゃあ、まずはメルクリウスに」
 商売の神に乾杯が捧げられる。一口つけ、ショーは
 「これこれ。あとで土産の分もよこせよな」
 いそいそと菓子に手を伸ばす。それへキョーコは、おずおずと尋ねる視線を向けた。
 「あの、ね、ショーちゃん。知ってたら教えてほしいんだけど」
 「お前のダンナなら無事だぞ」
 「!」
 あっさり言われて彼女は小さく飛び上がる。
 「ショーちゃん何か知ってるの?どうして!?」
 「どうしてどうしてうるせーな。一応直属の上司なんだから、嫁の名前やら噂やらくらい耳に入って来んだろ」
 「直っ…えええ!?」
 「偶然配属されたんだよ。言っとくけど、向こうは俺のことに気付いてねえと思うぞ。俺もお前の話持ち出す気はねーから、伝言頼もうとかめんどくせえこと考えるなよ」
 「う」
 キョーコは小さく呻いて口を閉じた。はなから内緒でここへ来ているのだ、それでいい。そのはずなのに、やっぱりちょっと不満を覚えてしまう。
 「で、パンの納入は決まりってことでいいのか?」
 マイウスが焦れたのか話を戻す。ショーは軽く頷いて菓子を飲み込んだ。
 「おー。あんた、試食した奴ら見てただろ。鬼みてえな百人隊長まで子供みてーにはしゃいでたし、こいつのダンナはダンナで、ずっと食べたい味だとかほざいてたじゃんか」
 ローマっ子歪みない。とは言えこの場合、比較の対象が砂利入りパンだから仕方ないだろう。苦笑しかけるパン職人だが、幼馴染の次の一言でひやりと気持ちが冷える。
 「あいつの場合、軍に支給されるもんより却って安全かもしんねーしな」
 「…」
 やはり危険は切迫しているのだ。部隊の一兵士にも見えるほど。
 「それじゃ、納品の量とか時期とか、詳しい話をしてもいいか」
 マイウスに水を向けられ、彼女は辛うじて微笑んだ。
 「そう、ですね。さすがに全軍の分を用意するのは難しいですから…」
 料理人の顔と態度を作っても、心は乱れ叫び続ける。
 どうにかして、あの人にだけは必ず届けなくては。
 守りたい。
 死なないで。
 それが妻としての感情であることを、彼女はまだ自覚していない。



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フォルトゥナタ(47)

 「ほう、こりゃうまい」
 マイウスの讃辞に、パン職人は誇らしく胸を張った。
 「ありがとうございます。材料から厳選してますからね!でも、それが可能だったのはマイウスさんのおかげです。仲買人に口を利いて下さったから、上等の小麦が適正価格で買えました。お顔が広いんですね」
 「まあ…およそどんなとこにだってつながりができるもんだし、持っとくべきだからな、この商売は」
 パンをかじりながらぽりぽり鼻の頭を掻く奴隷商の言葉を受け、キョーコは少し表情を曇らせた。だが彼女に何を言えるだろう、労働力としての人力を絶対的に必要とするこの世界で、彼の職業が必要とされるものであることも事実だと言うのに。
 それでも、世界は変化して行くものだ。キョーコはそっと息を吐いて気分を切り替えた。
 「これ、軍団に受けそうですか?」
 尋ねてみると、マイウスはにやりと笑ってよこした。
 「間違いねえな。うまいことも相当うまいが、何つっても中に料理が入ってて手軽に満腹感が得られる。いい案だ」
 キョーコが作ったのは、後の世の異国で惣菜パンと呼ばれるものだった。
 まず、極上の小麦を石臼で挽き、それから丁寧に石粉を取り除く。これだけでも、軍団が支給するパンとは大違いの食感が得られる。キョーコ独自のレシピに従って焼かれたふわふわもちもちのパンはローマっ子のお墨付きだ。 そして、空洞に作られた中にはマギールスとしても名声を得ている彼女の料理が詰められる。今回は香草オイルに漬けたオリーブと小さめに切ったチキンを炙り焼きにしてゼラチン寄せにしたもの、これが食べやすく腹もちもよく、水分も摂れるという優れものだ。
 話がうまくまとまれば小麦の出所は軍ということになり、多少質が落ちることは覚悟せねばならないのだが、とりあえずそこへ辿り着くための手掛かりとなるはずのものに手を抜けるわけがなかった。
 「実物はもっと大きく作るつもりです。それに中身も、飽きないようにいろいろ変えてみようと思ってるんですよ。こっちはハム入りです」
 「ほう、これもうまそうだ」
 一つ目を食べ終わった奴隷商がうれしそうに手を出す。
 「アスパラ巻いて入れてみました。運よく手に入った野生種ですよ!高価なので、量販には向きませんけど」
 「あー、採れる量に限りがあるもんなあ」
 アスパラガスは野生のものに人気がある。しかしもちろん、自然任せでは数と価格の調整ができない。
 「あと、イチヂクのワイン煮とかも考えてます」
 「甘いのもいいかもな…ん、ん!?」
 「え、ど、どうかしました?」
 2つ目のパンを咀嚼しながら、マイウスが突然目の色を変える。
 「これ、ものすごくうまいぞ!!ガリア産のハムなのか!?」
 妙に興奮している彼も、ローマ人らしく美味いもの好きなようだ。高級とされている産地を口にしてテンションを上げている。
 「いえ、私の自作したものに軽くガルム塗って炙ってみました」
 「あんたすげえな!!」
 奴隷商は明白な実力を見せられて、今こそ彼女の価値を思い知ったらしい。やたらに興奮している。
 「こりゃ当たるよ、間違いない。売り込みは任せてくれ!」
 どうやら胃袋をつかんだことで、彼のやる気に火をつけたようだ。予想以上の成果にキョーコは心の中で天に拳を突き上げた。



 「…あー…」
 しかし、レギオから帰って来たマイウスは、キョーコを見た途端に気の毒そうな顔をした。
 「あの、な」
 「はい?」
 もしやうまく行かなかったかと覚悟したパン屋が話を促すと、彼はがりがり頭を掻く。
 「なんだ、その」
 「はあ」
 「バレた」
 「…はい?」
 奴隷商が軍団の宿営までの往復に使った馬車の中から、ことり、と物音がする。硬い音だ。まるで、底に鋲を打った軍靴がたてる、よう、な。




 
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フォルトゥナタ(46)

 キョーコは、半分勝った。
 荷車の鉄柵の一部は檻に組まれる両端を残して平たく打ち直され、美味しそうな香りを纏うことになった。しかし奴隷商の方にしても自分の商売に関わることであるから、それだけで済ませるわけには行かない。次に大きな街に着いた際には、彼女の負担で鉄柵を購入しマイウスに返すという約束が成立した。
 幸いと言うべきだろう、マリア姫より遣わされた支度金がある。約束を果たして小麦を仕入れて石臼を購入しても、まだまだ余裕があった。
 とりあえず、奴隷商に人を借りて手近な街へ石臼を買いに行くことにする。
 小さな街だったので品揃えに難があったがとりあえず彼女の用に足るものを得て、戻る頃には日が暮れ始めていた。
 途中でレギオンの宿営地の近くを通ると、何やら騒がしい気がした。何事だろうと思ったが、すぐ近くへ見に行くわけにも行かない。不審者として捕らえられでもしたら大変だ。
 胸の底に涌く不安を抑えて隊商に戻る。ちょうどマイウスがいたので、何か知っているかと聞いてみた。
 「ああ」
 彼は軽く肩を揺すった。
 「どうも、武器を持つのを忘れて見張りに立った兵がいたらしいな」
 「え」
 キョーコの目が大きく瞠られる。
 「そ、それって…死刑になるって聞いたことが…」
 「ちょっと違うな。別に死刑になるわけじゃない」
 奴隷商の否定に安堵しかけたのも束の間、
 「罰として隊の奴ら全員に殴られるんで、結果的に死ぬんだよ」
 もっと泣きそうになってしまった。それでは、ひと思いに処刑された方が楽なくらいではないのか。
 「……」
 恐ろしいと思ったのは、奴隷商があまりにも淡々としているからだ。人の生き死にを、それも暴力による死を、まるで感慨もなく路傍の石を蹴るように語る。
 そういう、世界に。クオンティヌスは生きていて、彼女はそんな彼に近付こうとしている。
 ぶるりと身が震えた。
 自分になにほどのことができるのか。
 思わず両手を見下ろすキョーコに、背後から声がかかる。
 「ウルバ、臼置いたよ。すぐ使うのかい?」
 「…あ。あ、は、はい!」
 石臼を買うのについて行ってもらった男に聞かれて、彼女は現実に立ち返る。そう、これが彼女の現実。やることは山ほどある、弱気になっている暇はない。
 「あの、じゃあ、私はパンの試作を始めますので」
 マイウスに言うと、へこりと苦笑に近い笑みが返って来た。
 「ああ、まあ頑張んな。試食くらいなら協力するぞ?」
 「はい、ぜひ!」
 冗談口だったのだろう、キョーコが勇んで答えると彼は驚いた顔をする。それがじきに、含みのある笑顔に変わった。
 「何か考えてるみたいだな?」
 「ええ、まあ」
 「ふーん。あんたの発想は面白いからな。楽しみにしてるよ」
 「そんな大層な企みはしてませんよ?ちょっと新しいレシピを考えてるだけで」
 料理人がにっこり笑うと、彼はますます面白そうな顔をする。
 「そりゃ楽しみだ。ちなみにどんな?」
 瞳に商売人の色がある。多分今は自分もだろうなと思いながら、キョーコは口の前に指を立てた。
 「まだ秘密ですけど…ひとつでおなかが膨れるパン、でしょうか」






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フォルトゥナタ(45)

 「王宮」
 マイウスはぱかりと口を開いたままになる。
 「そんなとこまで出入りしてんのか…いや、考えてみりゃイリストゥリス様の女だもんな」
 「下品な言い方しないでください。イリストゥリス様は、つ…妻って呼んで下さってるんですからっ」
 呟きに憤然と抗議するキョーコをまじまじ眺め、彼はへんな顔をした。
 「妻、ねえ」
 とても人妻には見えないと言いたげに胸のあたりを見ているので、キョーコはまたかと腹を立てた。
 貧乳はステータスだと言ってやりたかったが、いちいちこだわっていては話が進まない。
 「まあ、好き好きだわな…」
 まだ言うかと思ったのは腹に収め、とにかくと切り出した。
 「要するに、熱の回りが均等になればいいんですよ。王宮では広くスペースを取れるので、大きく作ったかまどに空気の通る穴をあけて熱対流を起こしてたんですけど。おっしゃったように今は旅の途中ですから、毎日移動した先でいちいち大きな、しかも精密なかまど作ってるわけに行きません」
 「うん、まあ…そりゃそうだ」
 だからの話なんだがと思うのだろう、奴隷商人は不得要領に頷く。
 それでもとりあえずキョーコに喋らせてみる気らしいので、彼女はちらと唇を緩めて人差し指をぴこりと立てた。
 「そこで、アレです」
 と指すのは、羊皮に覆われた四角いかたまり。今は馬から外されて車輪を固定されている荷車だ。奴隷運搬用のもので、ものものしく鉄格子の枠に鎧われている。発旅間もないレギオンが戦闘も経ていないのだから、今はまだ中身は空のままだ。
 「アレ、って。アレか?荷車」
 マイウスが何か不安げな声を出す。
 「ええ、それです」
 キョーコはにっこり笑った。
 「あれをどうしようって」
 「ですから、かまどにするんです」
 「はああああ!!?」
 目を剥く奴隷商。空気がびりびり震えるほどの大音声に、周囲の人々がことごとく振り返った。マイウスはそれに何でもないと片手を振り、もう片手で頭を抱えた。
 「なに、言ってんだ、あんたは…あれは俺の商売道具で、全然別の用途に充てるモンだぞ!?かまどになんかなるか」
 「ですから、するんですよ」
 澄まして答えるキョーコに、彼は酸っぱいものを含んだ表情になった。パン屋は構わずに続ける。
 「荷台から降ろした檻を積んだ石の上とかに設置して、外側に大きめに木枠を組むんです。それを更に目の詰んだ厚布で覆って、檻の下で何箇所か火を焚いて。蒸し焼きの形ですね。あ、格子から何本か鉄棒を抜かせて下さいね。平たく打って棚を作りますから。これなら空気を通す穴も設置しやすいですし、外側の木枠は組み立て式にしておけばいいでしょう」
 「いいわけあるか!!」
 ごく大雑把な説明に、奴隷商は顔を真っ赤にして吼えた。
 「何考えてんだあんたは、だからあれはそんな風に使うモンじゃなくてだな!!そもそも鉄格子を壊すことを前提にするな、商売に差し支えるだろうが。あんた、今は俺の雇われ人なんだぞ!?俺の邪魔してどうするんだ。俺は奴隷商で、あの檻は奴隷を運ぶのに使う。そこを間違…」
 「その前にローマ人でしょう!!」
 「…はあ!?」
 遮られて素っ頓狂な声を上げるのへ、キョーコは間を置かず続ける。
 「貴方が、私たち市民が当たり前みたいに商売を営めるのは、ローマという政体、ひいてはローマ軍の守る平和あってこそじゃないですかっ。だったら市民の側だって、そのローマ軍の安寧を守るためにできることをするのに躊躇するべきではありません!!」
 「な、なにムチャクチャなこと…」
 叩きつけるような勢いに度肝を抜かれたのか、商人の目が丸い。
 「それとこれとは別の話」
 「とも言えません」
 キョーコは急に声を低めた。炙られているような焦燥が瞳の底に滲んでいる。
 「クオンティヌス様を狙う人たちは、自分の権力を強めたいからあの人が邪魔なんです。今は抑えられている彼らが、暗殺に成功して勢いづきでもしたら…きっと混乱が起きるでしょう」
 もとが暴力で自分の欲求を叶えようとするやからだ。何を得ようとどんな手段に訴えるか知れたものではない、と娘は主張する。
 彼女は必死だった。
 自分の論旨が根拠において弱いことは理解している。また訴求力にしても、他人の危機感を切実に煽れるほどのものではないのだ。結局市井の人々はたくましい。上の方で混乱が起きたとして、失うものの少ない人々はそれを軽やかに泳ぎ抜けるのだろう。
 そんなことはわかっている、けれど。
 本当は理屈などではない。ただ、死なせたくない。違う。
 死なれたくない、のだ。彼に。
 これは彼女の欲求なのだ、とキョーコは胸の奥に炎を据える。だから、能力の限りを尽くしても自分で戦う。
 さしあたっては、この奴隷商の説得だ。レギオンの支給する食糧は三日分、キョーコもそれに準じ、夫に三日分の食糧を渡してある。それがなくなり次の配給が行われる前に、彼に自分のパンを届けられるルートを獲得したい。できればパンだけでなく、彼の口にするすべてのものを管理したい…
 いや、欲張っている余裕はない。とにかく、できることからだ。
 キョーコは大きく空気を吸い込んだ。






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NO LOVE, NO LIFE!?(2)

 窓の外、月の光が優しい。満ちた円盤の降り零す白金の粒子は、ものの輪郭までをやわらかく見せていた。
 車を降りると、駐車場には浜から吹き寄せられた砂が浮いている。足を取られないよう慎重に歩き出すキョーコに、すいと手が差し出された。
 「つかまって」
 「え、と、はあ。ありがとうございます」
 迷ったが、おろしたてのパンプスが心もとない。
 ありがたく長身の先輩俳優を頼らせてもらった。少し、セミになった気分を味わえなくもない。味わいたいかどうかはともかくとして。
 歩行が安定して、前方へと顔を上げる。ライトアップされた藍灰色の建物が視界に広がった。目的地である水族館の建物は、何でも著名な建築デザイナーの作品なのだとか。
 「さすが、モダンな建物ですねえ」
 キョーコの言葉づかいこそがむしろ古めかしい。素直に感嘆を表現したはいいけれど、自分でも違和感を覚えて首を傾げた。
 「ええっと…シャープなラインと優雅な曲線が組み合わさって、ちょっと懐かしいようにも近代的にも見え」
 言えば言うほどイメージが遠ざかる。くすりと笑われて、彼女は眉尻を下げたまま口を閉じた。
 「言葉は時々、却ってイメージを邪魔するときがあるね」
 フォローなのか蓮が言うので、キョーコは小さく頷いておく。」
 「君なら、もっとメルヘンチックな外観の方が好みに合って表現もしやすいのかな」
 笑う肩が少し揺れる。
 馬鹿にしているのかと疑ってしまったが、見上げた顔はそんな様子でもなく優しい。
 不意に目の奥で、小さな光が爆ぜた気がした。
 たぶん何か光線の加減とか、どこかの灯りを錯覚したとかそんなことで、けしてそれ以上の意味はないと思う。絶対。目じゃなくて、胸の底でだったなんてことはないはず。
 「あ…あの」
 慌てている自分をどうにか抑え、目を水族館へと戻した。
 「こんな時間から入れるんですか?」
 連れられるままやって来たはいいけれど、そう言えば車を降りるときに見た時計は夜も9時を過ぎていた。今更ながら尋ねると、俳優が彼の特徴のひとつでもある甘い艶を含んだ声を向けて来る。
 「昨日からの3日間だけはね、特別に夜間も開館してるんだ。夜光海棲生物のショーがあるそうだよ」
 「ショー、ですか」
 普段なら嫌な響きの言葉なのに、内容が変わればずいぶんと心が躍る。キョーコは瞳を輝かせて入場口周辺に見入った。まだ遠くてしかとは見えないが、スポットライトの下にポスターらしきものの貼られたスペースがある。
 「楽しみです!何が」
 拳を握って蓮を見上げ…
 そこで、動けなくなってしまった。あまりにも優しい瞳に出会って。
 「…あ」
 そのまま足を止めてしまうと、大きな手が腰に回される。
 「どうした?まだ歩きにくい?」
 「え…あ、いえ…あの、何が出るのかな、なんて思って…」
 キョーコはごまかすように笑って見せた。誰をごまかすためになのかは定かでない。このごろの自分はへんだ、と思った。どうしてかペースが乱れっぱなしで、日によってはひどく疲れる。
 それは…
 「可愛いものがいっぱいだといいね?」 
 自分の中の考えを追う先に、傍らの“恋人” が微笑む。
 「俺にとっては、君より可愛いものなんてないけど」
 「はいい!?」
 「目にも、心にもね」
 「にょおおおおお!!?」
 ぶっ飛んでいるスキに、すいと手を取られた。そのまま持ち上げた先には、うすく笑む唇が待っている。
 ちゅ、という音がした一瞬、ぎゅっと身が縮んだ。逆に、心臓は倍くらいに膨れた気がした。
 「ああああの、あの…っ」
 顔が熱い。きっと真っ赤になっているだろう。あうあう言葉を探していると、今度は蓮が動かなくなっているのに気づく。
 「敦賀さん…?」
 キョーコはおそるおそる顔を上げた。またさっきみたいな瞳が待っていたらどうしよう。
 別にどうもしないはずなのだけれど慎重に視線を移すと、その予想だか恐れだかは外れていた。蓮は、…何というのだろう、辛いような表情を凍らせている。呼吸さえ詰めているように見えて、心配になってしまった。
 「あの」
 「…ああ」
 俳優が我に返ったように息を吐く。
 「…まずかったな…」
 「え?」
 ぼそりと呟いた一言の意味を測りかね、キョーコは大きな目を瞬いた。まさか、自分の指が不味かったということか。何かおかしなものでも触っただろうか。思わず、取られたままの自分の手を凝視してしまう。
 一瞬のうちにぐるぐる考える彼女の手を、蓮は苦笑に紛らわせて離す。微風がそこに吹き込んで、確かな幻のような熱を奪って行った。
 妙に抑えた俳優の声。
 「ごめん、何でもないんだ。ただ少し…」
 風に紛れた声は、ざわついてしまって、と聞こえた。








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