たいせつでたいせつで(18)

 「えっ…キョーコちゃん…!?」
 クオンは思わず声を上げていた。
 カウンターの中、大将の向こうにほぼ隠れていた小さな人影。キョーコが板場にいる。しかも、もみじの手には不似合いな包丁を握って。
 「キョーコ、これはさばけるか?」
 大将は驚く少年の様子に頓着せず、ぶっつり尋ねて少女の前のまな板に細身の魚を置いた。
 「そんな危ない…」
 クオンは急いでカウンターに駆け寄り、中を覗き込む。キョーコは身長が足りないせいだろう、木の踏み台の上に乗っていた。目の前に置かれた魚に向ける瞳はいまだ茫洋としているが、それでも何か慣れ親しんだものを前にしているように動揺がない。
 何事か考えるように首を傾げ、少女は包丁を握りなおす。と思ったら、危なげない手つきで魚の頭を落とし腹を裂いて臓物を洗い出した。料理をしないクオンにはやや不気味な光景で、彼は少し顔を青くする。
 「ああ、上出来だ。塩して置いといてくれ」
 大将が無愛想に褒めた。キョーコはほんのり微笑んで頷き、言われたとおりに塩の壺に手を伸ばす。
 「驚いたろう?」
 苦笑のようなどこか得意気なような声にクオンが振り返ると、おかみが床にモップをかけながら彼を見ていた。
 「今日、うちの人が下ごしらえ始めたらね、包丁取って…危ないって止めようとしたんだけど、『いいからやらせてみろ』って言うじゃないか。ハラハラしながら見てたら、慣れた手つきでねえ。包丁の選び方はもちろん、魚はさばくし野菜の飾り切りまでできるし、びっくりしたよ」
 「はあ…」
 クオンは確かにびっくりだ、と思いながらぼんやりと頷く。
 「こんな子供なのに、相当家のこと手伝ってたのかねえ。11歳の子の手つきじゃないよ」
 「あ…」
 おかみの言葉に、昔キョーコから聞いた話を思い出す。話しておくべきだろうか、と迷った。だるまや夫妻には、できるだけ多くのことを心得て置いてもらった方がいいのかもしれない。
 「あの…キョーコちゃんは…」
 唇を湿し、彼はそっと切り出した。
 実の親に顧みられず、他人の家で育っていた小さな少女。旅館を経営していたその家で邪魔になりたくなくて、必死に手伝いをしていた様子。たぶん、今見せているスキルはそこで身につけたのだろうこと。
 「そうかい…」
 そっと呟いたおかみが、キョーコに視線を移す。その瞳に浮かぶのが同情でなく愛しげな色であることに気付き、クオンはキョーコのために喜んだ。おかみは少女が憐れではなく、健気だと思ってくれたのだ。
 「……」
 一方、大将の方は無言のまま動かなくなってしまっている。もとから無愛想なのでわかりにくいが、どうも周囲の空気が怒りを帯びている。年端も行かない子供の放り込まれた環境に対してか。放り込んだ大人たちに対してか。
 判別をつけがたく思っていると、彼は片手に握っていた大根を置いて少女の頭を撫でる。力加減がうまくないらしくキョーコはグラグラと頭を揺らしたが、不思議そうに首を傾げてから、大将が置いた大根を取った。
 そして包丁を換え…
 「…こいつは、驚いた…」
 11歳の少女は、しゅるしゅると見事な桂剥きを披露してくれたのだった。



 「でもそんなじゃ、あんまり手伝わせたりしない方がいいかねえ」
 掃除を終えたおかみが呟くと、出汁を濾していた大将が視線を固定したまま低い声を出す。
 「そんなこたあねえ、できることはやらせりゃいい。体が覚えてることをしてる内に、頭も刺激されるかもしれねえだろが」
 「そりゃそうだけど、あんた…」
 「心配すんな。キョーコは料理が嫌いじゃねえんだ」
 言い切る大将を、クオンもおかみも怪訝そうに見た。何を根拠に?と思ったのだ。
 頑固な料理人はちらと視線を移し、ほんわり立ち上る出汁の香りに目を細めている子供を見遣った。わかってやがる。
 わずかに緩む良人の唇に気付き、おかみが目を瞠った。
 「まあ…あんたがそう言うなら…
 「でも、程ほどにね。キョーコちゃんが気に入ったからって、変に仕込もうとするんじゃないよ?」
 鋭い一言に、大将はうっと詰まったように見えた。




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