たいせつでたいせつで(7)

 ミスタ・ヒズリですからお話しするんですけど…と前置きし、女性職員はキッチンのテーブルの上に紅茶のカップを並べた。クーとクオンと自分の3つ。ジュリエナは子供たちの所に残ってくれている。
 「おかまいなく。ミズ…?」
 「ネリス・ディーターですわ。どうぞネリーと」
 スターに見上げられて彼女は頬を染めた。これでまた口が滑らかになったに違いないとクオンは思う。
 そこから、何が飛び出すのか       
 膝の上でぎゅっと握った拳に目を落とし、彼は不安に押し潰されまいと歯を食いしばった。目の裏に、先程のキョーコの姿が浮かぶ。何も見ない瞳。
 目を上げれば、壁にはイエスキリストの像がクリスマスリースに囲まれている。もう何年も祈ったことのない神に、彼は縋らずにいられなかった。意味があるのかはわからない。でも、それでも。
 (神様…かみさま。
 (俺は、耐えますから。辛くても、ちゃんと最後まで、勇気を持って聞きますから。だから。俺が辛いぶん、キョーコちゃんを楽にしてあげて下さい。昔キョーコちゃんが俺の話を聞いて泣いて、俺を楽にしてくれたみたいに。どうか…)
 「あの子は、もともとお父さんがいなかったそうで…」
 ネリーの唇が動き始めた。クオンはもの思いから覚め、躊躇いを残してかすれる声に集中しようとする。
 「今のお父さんとは、血の繋がりがないと聞いています」
 「今って…!アイツは、いなくなったわけじゃないんですか!?」
 「クオン!」
 「…っ…すいません、ミズ・ディーター」
 「え、ええ」
 いきなり声を荒げる少年に驚いた顔をしたが、ネリーは謝られると今度はいたましそうにクオンを見た。
 「何でもミスタ・ラウズ…お父さんの名前ですけど…は日本で英語教師をしていた時にあの子のお母さんと知り合ったのだとか。
 「それで結婚を機にアメリカへ戻ったのですけれど、彼は日本で貯めたお金を投機ですってしまって、新しい職も見つからず荒れだして。
 「生計を立てるために働き出したお母さんの収入が増えるにつれてお酒を飲むようになり、暴力的になって…小さなあの子にも当たり出したようです」
 クーが眉を顰めた。何という男だ、と口の中で呟く。
 「お母さんも…忙しいせいか、あの子に構うことがなく黙認の形になって。先月あの子がここへ来た時には、体中に生傷が…」
 クオンの様子に気付き、女性職員は言葉を切った。
 少年は顔を伏せ、肩を震わせている。怒りをか、涙をか。耐え堪える姿は消え入りそうにも爆発しそうにも見えた。
 「大…丈夫です、ミズ・ディーター…続き、を…」
 歯軋りによほど似た声。ためらうネリーに、クーが尋ねかけた。
 「キョーコちゃんは、なぜここに?」
 虐待のせいで保護されたなら、自分の耳に入ったはずだと俳優は思う。先月はまだ虐待撲滅キャンペーン真っ最中、特に日本人の女の子“キョーコちゃん”のことはきっちり手配していたのだから。
 「あの」
 言いにくそうにネリーが息を入れる。
 「お義父さんが…その、あの子に……性的虐待を…」
 「!?」
 「いえ、未遂だったんです!!丁度お母さんが帰って来て、さすがに抵抗したそうで。…でも…
 「それで激昂したミスタ・ラウズは、酒ビンで何度もお母さんを殴って、殺してしまったと…あの子の目の前で、お前のせいだと責めながら。
 「ご近所からの聞き取りなので、正確に言葉通りだったかはわかりませんが、彼は繰り返し叫んでいたそうです。
 『お前は要らない子なんだ。お前がいたからお母さんはずっと苦労して、いま、俺に殴られてる。お前なんかのせいで。お前は悪魔の子だ』      
 「その家の通報で警察が駆けつけた時には、あの子は血まみれのお母さんのそばにうずくまって…既に、あの状態だったと…」
 「……!」
 クーにもクオンにも声はない。
 彼らは2人とも後悔していた。夫に殴り殺された日本人の妻。そんなニュースを、聞いた覚えがある。しかし大人同士の殺人事件としてアメリカの犯罪報道の中に埋もれ、伏せられた子供の名前にまで思い至らなかった。
 「…それで、お母さんは亡くなってお義父さんは逮捕収監。あの子は、ここに送られて来ました。以来ずっと一言も口をきかず、何も見ず…食事すら食べさせてあげないと摂りません。もとは、スキップして中学に通うくらい優秀な子だと聞いています。私たちも、どうにかあの子を救えないかと思っているのですが…」
 ネリーはふかい溜め息とともに話を締める。キッチンに石のような沈黙が落ちた。
 「だから、小学校を探してもいなかったのか…」
 クーの呟きに、クオンが肩を跳ねさせた。そうだ、あの子は厳しいお母さんに認められないと泣いていたけれど、本来優秀な子だった。
 がたん。
 金の髪の少年は、椅子を蹴立てて立ち上がる。
 「あ…」
 震える手で椅子を起こし、彼はネリーに頭を下げる。
 「す…いません、ミズ・ディーター。あり…がとう、ございました…失礼します!」
 青年へ移る時期のあやうさを湛える細面を蒼白にしてやっと礼を述べると、よろめきながらキッチンを飛び出した。





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