たいせつでたいせつで(134)

 タクシーを降りた遠来の一行に、むっとした暑さが一気に迫る。東京で感じた、立ち上るような蒸し暑さとは少し違い、包み込まれるような蒸し暑さだ。
 それにまず、太鼓腹の中年アメリカ人がへこたれた。
 「あっっっっちーなオイ…なんだこの湿度、溺れそうじゃんか。正気の沙汰じゃねえぞ」
 気の利く社青年に自分の荷物を任せ、マカナンは顎を出しながらのたのたと歩く。
 「今日は風があるし、まだましなくらいだと思います」
 先に立つ蓮の隣で地元出身の少女が振り返るから、彼は犬のように舌を出した。
 「マジか…」
 「慣れてないと辛いかもしれませんね…クオンだって昔」
 「キョーコちゃん」
 「お、何だ何だ」
 言いかけるキョーコを蓮が制するから、もちろんマカナンは食いついて来る。
 「坊主が昔何だって?」
 「えっと」
 少女は連れの青年を見上げ、瞳をくるりと動かした。
 「何でもありませんよ。はい、着きました。ここです」
 低い生垣に挟まれた細い私道を抜け、蓮が連れたちを振り返る。
 彼が指し示すのは、歳月を感じさせる枯れた佇まいながら立派な構えの日本家屋で、緑も盛りの古都の外れにはいかにも似つかわしい。
 「祖父が亡くなってからはあまり使ってませんけど、しっかり管理してもらってるみたいですね」
 蓮は懐かしげに目を細め、玄関から奥へと眺め渡して行く。生垣の切れ目に柴折り戸が設けられているのは、庭に続いているのだろう。2階の瓦へ影を落とす大木を見上げ、彼はほんのわずか微笑んだ。
 一方で、
 「おー!」
 映画監督はまたしても大はしゃぎ、先ほどまでの不平もどこへやらカメラを取り出してはあちこち撮りまくり始める。
 「いーじゃんかいーじゃんか、ジャパニーズハウス、ワビサビ!!」
 侘び寂びなど薬にしたくもないような歓声を上げる中年男をぐったり眺め、蓮はポケットから封筒を取り出した。そこから鍵を振り出して玄関に向かう。
 「とにかく、一旦落ち着きましょうか…」



 「へー、家ん中だとすずしーな」
 開け放った縁側に腰を下ろし、マカナンはにこにこそわそわとあちこち眺めている。ぶらぶら振る足の踵を脇に置かれた縁台の角にぶつけ、梅干でも食べたような顔をした。
 「って!!」
 「だ、大丈夫ですか。お怪我は」
 「平気ですよ社さん、すぐ忘れますから」
 心配する眼鏡の青年をよそに、蓮の声はあくまで冷たい。しかしマカナンのそばに行って手にしたものを差し出すと、映画監督は見事に言葉通りになった。
 「おお、キモノ!ニポンイロじゃんか」
 若草色の和服に目を輝かせる姿は外国人観光客そのままで、社が噴き出すのをこらえる顔をする。
 「ニポンイロですか」
 「渋い色だって言いたいみたいです。確かに、アメリカ人の色彩感覚とは違いますよね」
 「ああ…」
 社青年は何を思い浮かべるのか、妙に納得顔になった。蓮は苦笑を零し、マカナンに向き直る。
 「祖父のものですけど、よかったら着てみますか?なんだったらキョーコちゃんに教えてもらって、俺が着せてあげますよ」
 「おっ、そりゃいいな!けど、お前教わらねえとできねんなら嬢ちゃんに直接着せてもらった方がいいだろよ」
 「俺が着せてあげますよ?」
 粉飾のアメリカ人はにこにこと言った。マカナンが呆れ顔で肩を揺する。
 「へいへい。そんなら頼むかな」
 言ったところへ、盆を抱えたキョーコが入って来た。
 「皆さん、冷蔵庫に麦茶が入れてありましたから…」
 男どもが囲んでいるものを見て、足を止め目を瞠る。
 「ありがとう、キョーコちゃん。ちょうどよかった、監督が着物着たいそうだから、あとで教えてくれるかな。俺が着せるから」
 「あ、うん。いいけど」
 少女は首をかしげながら、汗をかいたガラス瓶とグラスを載せた盆を卓に置いた。
 「それだと暑いから、浴衣とかの方がいいんじゃ…せっかくの大島が、汗で台無しになっちゃったら勿体ないもの」
 庶民少女の発言に、今度は蓮が首を傾げた。
 「大島?」
 「うん。そのお着物、100万円以上すると思う…」
 キョーコは着物に目を当てながら言うが、青年は要領を得ないらしい。ふうん?と鼻を鳴らすので、キョーコは同志を求めて周囲を見回した。着物に触れようとした手を慌てて引っ込める社の視線を捉え、ほんのり微笑み合う。
 もちろん蓮は面白くない。少々粘度の高いにっこりを放った。
 「じゃあ、監督に合いそうな浴衣を一緒に探してくれる?」
 「はあい。でも先に、お散歩がてら買い物に行きましょう」
 「あ、そうだね。お二人はどうしますか?」
 見回す視線の綺羅綺羅しい棘。アメリカ中年はひらひら手を振り、日本青年はぶるぶる尻込みしたものだった。







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 キョ子はスペック高いなー。


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