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フォルトゥナタ(2)

 ざわ、と群集がさざめいた。
 男は鼻息も荒く振り返り、拘束を振り払おうとする。
 「なんだテメエ、どいつもこいつも余計な口出し…」
 威勢良くまくしたてる言葉が途中でぽんと宙に浮き上がった。自分の手をつかんでいる人物の身元に気付いたらしく、口をぱくぱく開閉する。
 「あ、あんた」
 「女性に手を上げるものじゃないよ。況してや、腕一本で名を響かせているパン職人に。彼女に何かあったら、どれだけの人が食べるものに困ると思ってるんだい?」
 金の髪の青年は落ち着き払って言い聞かせ、にこりと笑った。
 「俺を始めとしてね」
 「っ…わ、悪かったよ…俺はただ」
 クオンティヌスに同調するように頷く周囲の人垣を見回し、男は漸く解放された手首をさする。
 「うん、まあ、かっとなることは誰にもあるだろうね。もう行きなさい、今日はウルバのパンは諦めて。ああ、彼もちゃんと連れて行って介抱してあげるんだよ」
 名門の若様はあくまでも穏やかに言い、今は起き上がって成り行きをポカンと見つめている奴隷の少年を指す。男は苦虫を噛み潰したような顔をしたが、それでも己の形勢の不利なことは理解しているらしい。曖昧に頷き、そろりと後ずさりした。
 少年を荷物のように抱え上げて男が去ると、クオンティヌスは祝福の仕草をする人々に片手を挙げて応え、惜しげもなく微笑を振り撒く。世に“リシオ・ヴェルヌス(春の微笑)”と称されるそれを向けられた人々は、意識にうす桃色の霞がかかったとでも言うようによろめいた。
 「あの…」
 おずおずと、彼に近付いたのはパン屋の娘。
 「ありがとうございました。危ないところを…」
 頭を下げるのへ、青年は鷹揚に微笑んだ。
 「いいんだよウルバ、君が悪いわけじゃない」
 「はあ、ありがとうございます。でも、あの…名前…どうしてご存知なんです?うちのお客さんじゃありませんよね?貴方みたいな方がいらしてたら、絶対に覚えてますし」
 「言っただろう?君のパン職人としての名前はローマ中に鳴り響いてるんだ。うちの父の耳に届いて、俺が買いにやらされるくらいね」
 「ええっ!!?」
 娘が驚き、頬を上気させて自分のささやかな店を見返る。クオンティヌスの父といえばクーヤヌス・ユリウス・ステラヌス。爽やかな弁舌夙に有名な元老院の重鎮で、食通でも名高い。
 「あっ…あの、じゃあ、お礼に!何でもお好きなものをお持ち下さい」
 「いやそんな、ちゃんと買うよ。ローマ市民の1人として」
 青年はさらりと言って、パン他の店先に近付く。
 「で、でも」
 「そうそう、君の店では、極上のガルム(魚醤)も扱ってるって聞いた。なんでも、味もさることながら特有の臭いがしない最高級品なんだとか。それも買って行きたいんだ」
 「はい、あの、ありがとうございます。計り売りもいたしますけど」
 「アンフォラ(壺)ごと頼むよ。それでも、父には足りないくらいだろうけど…」
 小声で呟かれた後半は聞き取れなかったのだろう、不思議そうな顔をするウルバに、彼は次々とパンを指す。全種類買い込もうとするので娘がまた驚くが、取り消すことはなかった。
 「ええと…しめて16セスティルティウスになります」
 結構な大荷物を横目で見遣り、パン屋の主は狐につままれたような顔をしている。
 「安いね。最高級のガルムまで買ってその値段って本当?おまけなんてしなくていいんだよ」
 「いえでも、少しくらいは…ほんとに、少しだけですし」
 「うーん…じゃあ、ありがとう。きっと今後もお世話になると思うけど、おまけはこれっきりでね」
 支払いをしながら彼は逆に頼むような口調で言うので、娘は目を白黒させた。
 「えっと、なんだか立場が」
 「それとね」
 クオンティヌスは有無を言わせずに話を進める。荷物を抱え上げながら、彼は少し笑顔の質を変えた。
 「お転婆も、ほどほどに」
 「!」
 あうあうと赤面する娘にまたねと笑って、背の高い青年は帰路につくべく踵を返す。途中で一瞬だけ、動作が止まったようではあった。





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 ちなみに「ウルバ」は都の意。男性名ならウルビヌスかな。ちょっとあとで出て来ますけど、「京」に近いイメージで。
 アンフォラは、主に液体を入れるのに使われた細長い壺です。ガルムとかワインとかオリーブ油とか。
 あと、1セステルティウスはだいたい240円くらいに相当するようですが、庶民の生活なら家族3人の食費が1日6セステルティウスでまかなえたそうなので、クオンティヌスの買い物は相当に大量だったと思われます(笑)。研究では、この時代には既に30種類程度のパンがあり、1日は3食だったとか。

 
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