フォルトゥナタ(29)

 「陛下っ」
 容易ならざる発言に、元老院議員が色をなす。
 それをじろりと眺め、ローマ皇帝はふかい息をついた。
 「パルティアがアルメニアにちょっかい出してやがるんでな。これ以上ほっとくわけに行かなくなった」
 簡単に言うが、判断は簡単ではなかっただろう。クーヤヌスが重く頷く。
 「発表はいつ?」
 「明日にでも、な。ちょうど体制の入れ替え時期でもある、それ用の人事を起こすからそのつもりでいてくれ」
 「かしこまりました」
 議員に頷き、ローリアヌスはその息子に目を戻した。
 「で、20人委員も経験したことだしな。クオンよ、次は正規軍の高級将校職に就いとけ。やっぱ花形だからな、騎兵もいいが、歩兵大隊の指揮を執ってみんか」
 「皇帝陛下の仰せのままに」
 すぐさま首肯する姿に満足の意を表し、王宮の主はちらりと笑った。
 「たたき上げの百人隊長どもに、バカにされるなよ?」
 


 帰る前にと、キョーコは念願の厨房に案内された。
 「さすが、おっきいテストゥム(ドーム型オーブン)だったわ~…でも熱効率が計算されてて、全体が均一の温度になるようにしてあるって。凄い技術よねえ…一度に50人分のパンが焼けるそうじゃない。あんなのがあったら、クーヤヌス様のパンが一気に焼けるわね。どうにかうちの設備にも応用できないかしら…端っこのパンが、どうしても焼けにくいんだもの。
 「今度、あそこを実際に使わせて戴くときに徹底的に観察して来なくちゃ!」
 やがて出て来た時には幸せそうに目を輝かせていたが、ひとりこくこく頷いたところでぴたりと立ち止まった。
 「晩餐会…」
 皇帝に頼まれた調理は、未だ嘗て手がけたことのない規模のものになる。それはしかしいいとして…将兵たちには、どんなものを出せば喜ばれるだろう。やがて戦場に赴く人々に。そしてクオンティヌスも、その中に…
 不意に胸を衝く不安を、彼女は勢いよく振り飛ばした。
 (大丈夫よ!私なんかが心配するまでもなく、きっとご無事に、どころか戦果を挙げてお戻りになるに決まってるじゃない。だって)
 「…イリストゥリスだ」
 (そう!…え?)
 横手から聞こえた声に思い切り同意したはいいが、一体なにごとか。独り言を口に出してはいなかったはずだけど、と柱廊から外へ視線を向けると、内庭への視界は木々に遮られている。
 まあ、輝かしきイリストゥリス様が王宮に伺候する人々の中でも噂になることに不思議はない、といささか手前味噌な気持ちで彼女は思い、そのまま雇い主が待っているはずの控え部屋へ戻ろうとした。
 ところが、同じ声がもう一度言う。
 「あの若造、ちょっと見た目がいいのと父の権威を笠に着て…」
 キョーコの足がふたたび止まった。これは。
 思わず勢いよく振り返った拍子に、柱に手を打ち付ける。ぺちんと痛い音がした。
 「!!」
 動揺の気配。慌てて立ち去る足音は3人分。
 (今の、人たち…)
 クオンティヌスへの悪意、というものを初めて見た。聞いた限りでは、嫉妬によるものだろうか。
 立ち尽くすマギールスの胸には、言いようのない不安が滲み出す。戦争が始まるというから過敏になっているのだと自分に言い聞かせても、それは打ち消しようもなく心に拡がった。




 
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 テストゥムは高温になるまで火の上に吊るしておいて、綺麗にした炉床にパンやケーキを直接置いたものに被せて使ったそうです。190~200度を保てるとか。材質は鉄・青銅・土器など。水気のあるものは皿に乗せ、テストゥムの上やまわりに炭火を乗せたんですって~。
 どっちかってと蒸し焼きですかねえ。

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