フォルトゥナタ(40)

 「ふわあ…」
 通された部屋の内装を、キョーコはぽかんと口を開けたまま見回す。
 白い壁に繊細な薄布が何枚も掛けまわされてやわらかな陰を作り、白大理石の柱に刻まれた女神像の背後を飾る。
 基調となっている色はアクキガイの毒を処理した古代紫だ。金の20倍の価値を持つことさえあるという染料は、よほどの財力権力を持つ者にしか使うことができない。のちの東ローマ‐ビザンティン帝国において、皇帝家の色として他には禁じられることになる色だった。
 という次第で、ユリウス家に出入り・起居するキョーコにとっても珍しい色彩なのだが、それもむべなるべし、いまキョーコのいるここは、王宮の奥に秘された後宮内の一室だった。
 訪ねた相手は一度会っただけの皇孫マリア姫、しかし他に頼る先がなく意を決してやって来たものだ。
 だってクオンティヌス様の心配仲間だし…とまだ着慣れない上等のストラの裾をいじり、彼女は気後れを逃がそうとした。勢いで来てはみたものの、時間と共に冷静になる頭には、迷惑の二文字がにぶく輝く。
 やっぱり帰ろうかと立ち上がりかけたところで、背後の扉が低く軋んだ。
 侍女の手で左右に分けられた扉の中央を、小さな皇女が両手を拡げて駆け抜けてくる。
 「お姉様っ」
 「えっ?」
 どーん、と飛び付かれてキョーコは少しよろめいたが、どうにか堪えて腕の中に少女を受け止めた。
 「マ、マリア様」
 「あら、そんな呼び方よしてちょうだい。呼び捨てでいいのよ、お姉様なら」
 「え、いえそんなわけには…って言うかお姉様って」
 ふるふる御免とかぶりを振るマリア姫が、彼女の手を引いて強引に長椅子に座らせる。戸惑うばかりのキョーコは、されるがままだ。
 皇孫がにこりと笑む。
 「あのね、私、あなたがクオン様の奥様だって知って…すごくショックだったけど、でも、落ち着いたらあなたならいいかって思ったの。だってあなたは、クオン様を守ろうとする人だもの。男に頼りっきりで、毟ることしか考えてない女と違って」
 「どっどこでそんな言葉覚えたんですか」
 どうも、深窓の姫君のはずがやけに世故に長けている。焦る庶民娘に、幼い皇族は、それは可愛らしく微笑んだ。
 「ところで、今日会いに来てくださったのは、クオン様のことでかしら?」
 真剣な表情に変わるのにつられて、パン職人も眉宇を顰めた。
 「ええ…実は、お願いがあって」
 一つ息を入れ、彼女は皇孫の手を取り押し戴く。
 「あの、私…軍団に、入りたいんです。補助兵でも付き人でも、何でもいいですから。どうか、お力をお貸し下さい…」
 「ええっ!?」
 さすがに驚くマリア姫は、今更のようにキョーコの全身を凝視する。勿論、女はレギオンに入れない。だからこそ方法がないか探りに来たのだ。
 暫くしてキョーコが本気であると悟ったらしい、皇帝の孫娘は幼い顔に戸惑いを濃く浮かべた。
 「それ…おじい様にも内緒で、ってことよね?」
 「ええ…」
 あの皇帝ではあるが、さすがにこれは許容されると思えない。それはもう一人知っている高位の人物、クーヤヌスでも同様だ。主に、キョーコ自身の安全を慮って、だろうけれど。
 なにしろ古代ローマ、しかも軍だ。男装は当然としても、そうしていれば性的な意味だけでも安心とは行かない。だから、悔しいけれどいずれかの権力の庇護は必要なのだ。そしてそれを与えてくれそうな人物が、今の彼女にはこの少女くらいしか思いつかない。
 雲に手を伸ばすような心地でキョーコは問う。
 「無理、でしょうか」
 マリアが小さく呻いた。
 「私だって、力になりたいのは山々だけど…」
 「そうですか…」
 キョーコはわかりましたと頷き、力なく立ち上がる。
 「他に方法を探します」
 こんな幼い少女に、しつこく食い下がることもできない。辞去しようとするのを、慌てる皇女に引き止められた。
 「ちょっと待って!ね、ちょっとだけ」
 マリアは近侍に目配せする。心得顔の女官が一旦退出し、ほどなく一抱えほどの袋を盆に載せて戻って来た。
 「せめて、これを持って行って」
 皇孫に押し付けられた袋はやたら重く、中でぢゃりと音がする。
 「え、これ…」
 恐る恐る覗いてみれば眩い金色の輝き。ずっしり重い高額貨に、バリバリの庶民はひいと飛び上がった。
 「いっ戴けませんこんな!!」
 突き返そうとする手を、もっとずっと小さな手が押し留める。
 「だって、何をするにも準備は必要だし、準備には先立つものが必要なのでしょう?しかもクオン様を守るためなんですもの、惜しんじゃ駄目だわ」
 「え、えっと…」
 どこまでも世知ある少女にきっぱり言われ、キョーコはもう、こんな高額貨は市場では使えないとも言い出せなくなった。






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 久々にフォルトでぃす。こっからが書きたかったのに止まったままだという…

 マリアちゃんは最高権力者の孫ですし、原作よりちょっと押し付けがましい感じにしてみてます。うーん、でも、こんなもん…?



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