たいせつでたいせつで(170)

  「蓮さん…!?」
 まだ空は明るいけれど、流れる風には宵の匂いが混じっている。少し生臭いような、ねっとりした大気の中で、少女は目の前に立つ男に戸惑いの瞳を向けた。
 「企む、って何の話…どうしてそんな」
 「君の幼馴染が教えてくれた。キョーコちゃんは何か企んでるって。
 蓮が溜息のように言うが、少女の細い声にはますます困惑が色を増す。直接の答えはなく、青年はわずかに顎を引いて息をついた。
 「俺も、ここのところキョーコちゃんの態度が少し変わった気がしてる」
 「…!」
 キョーコが身を縮めたのは、黒い髪を不意に攫い流した夕の風のせいだっただろうか。
 「キョーコちゃん?」
 促す長身の青年に、彼女は何か言いかけたまま小さな拳を握り、ゆるゆると視線を落とした。
 蓮がもうひとつ息をつく。
 「…ごめん」
 顔を上げたキョーコに、彼は微笑むとも顔を顰めるともつかず目を細めて見せる。
 「日本へ来てから、俺はキョーコちゃんに要求してばっかりだ。こんなことをしたかったわけじゃないんだけどな…」
 自嘲に似た声が、重く地にこぼれて蟠った。目を見開くキョーコに、彼はうすくうすく微笑みかける。
 「思えば、今まで俺は君の一番古い知り合いでいたわけで、そのせいでどこか安心してたのかもしれない。君のことを一番わかってるのは俺なんだって、思ってたのか思いたかったのか…」
 「え…ショーちゃんや女将さんたちのこと…?で、でも!もうずっと会ってなかったし、それに…そんなことがなくたって、クオンは私に一番優しい人よ?」
 「そうありたいと思ってる。
 「でも、難しいね…人ひとりを理解するっていうのは確かに難しいことなんだと思うけど、それにしても俺は…どうしてこんなに、俺ばっかりなんて思っちゃうのかな。君の気持ちが俺に追いついてくれるのを待たなきゃって思うのに、うまく行かなくて…言葉や約束が欲しくてガツガツしてる。結局、自分のことしか考えてないんだ」
 「クオン…」
 頬にほのか陽の色を映し、少女は勢いよくかぶりを振った。
 「そんな、そんなことない!クオンはいつも、私のこと考えてくれるもの。だから私、甘えちゃって、変なこと考え……」
 叫ぶように言う途中で、彼女は慌てて自分の口元を押さえる。頬に映る陽の色を隠すように俯き、ぎゅうと肩を縮めた。
 「キョーコちゃん…?」
 蓮の声がかすかに上擦る。
 「変なことって…」
 「へ、変なことって言ってもね、変なことじゃないのよ!?あの、えっと…」
 キョーコはだらだらと汗を流す。小さな口元があうあう動き、やがてそろりと閉じられた。
 「…そ、の……」
 ふたたび唇を開いた時には、彼女は決死に近い真剣さを眉間に宿していた。
 「クオンは、違う、の。わたし…ショーちゃんのことが好きで」
 「……」
 色を窶している瞳が苦渋を浮かべる。しかし視線を上げきらない少女はそれに気づかず、勇気を集めるように深呼吸した。
 「ショーちゃんを追いかけていられたらいいなって思ってた。ショーちゃんの目に映るもののひとつでいられたらなって…でも、
 「クオンがいてくれると、安心して…何があっても大丈夫って気がして。あの、図々しいけど、その、い、いつもそばにいてほしいな、なんて…だから、要求してるの、私の方なの。でもそのためには私、いろいろがんばらなきゃいけないから、自信がなくて…」
 「キョーコちゃん」
 青年が目を瞠り、呼吸さえ忘れて少女に見入る。キョーコはしきりに瞬きしながら、もそもそ口の中で呟いた。
 「とりあえず、ひとつはそろそろ結果が出てるはずなんだけど、聞くの怖くておかあさんに電話できないし…」
 「結果って…?」
 問い返されて、しまったと言いたげに口を閉じる。
 「あっ、な、何でもないの!えっと、それは、アメリカに帰ったら…」
 蓮はすこし首を傾げたが、それ以上問い詰めようとはせずにゆっくりと頷いた。
 「君がそう言うなら」
 その声の優しさに、キョーコはふるえるように呼吸を詰めた。そろそろ見上げた先には、いつも通りの端正な顔がやわらかく微笑んでいる。
 「そうだね…君は、アメリカに“帰る”って約束してくれた」
 長身の影が膝をつき、少女の細い肩を両手で包んだ。
 「それなら俺は、ずっと君と一緒にいられる。俺の約束を、受け取ってくれる…?」
 「クオン…」
 小さな影は、そっと引き寄せられて大きな影に重なる。胸に抱え込まれた少女は呼吸を震わせ、そろりそろりと広い背中に手を伸ばした。
 髪を撫でる指があやすように優しい。物音が途絶えた世界に、やがて苦笑に近い忍び笑いがこぼれた。
 「実は、もし君が日本に残るって言っても一緒にいるつもりだったんだけどね」
 「え」
 身を離せば、目の前にはもちろん黒い髪と黒い瞳の美青年。
 「まさか…でもそんな」
 視線をうろつかせるキョーコに、蓮はあっけらかんと言う。
 「始めは偶然だったんだよ?ボスが、日本で素性隠して仕事してみないかって言うから」
 少女の目が真ん丸に、それから、笑うように泣くように細くなった。





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 この話は、先の展開がけっこう決まってるので時々自分でうずうずします。はよエンドマークつけたい…まだ暫くかかるんですよそれが。もうちょっと先にアクションがあるので、早くそこに辿り着きたいです。


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