フォルトゥナタ(42)

 「…はあ…」
 奴隷商の声は、呆れを通り越して感嘆に近かった。
 「またエライこと考えるもんだな、若い娘が…恋ゆえの情熱ってやつかい?」
 「こっ」
 真っ赤になったキョーコは、うろうろと視線をさ迷わせたあと俯いた。
 「知りませんよ、そんなの…理由なんて何でもいいじゃないですか。大切なんですよ、いけませんか」
 「誰もそんなことは言ってないって」
 男は苦笑しながら片手を振る。
 「旦那をそこまでして守ろうなんざ見上げた心意気だ。イリストゥリス様も男冥利に尽きるってやつだなあ」
 シビアな職業に就いているがそこはローマ人ということか、商人は自分の顎を撫で撫で言った。むふーん、とか鼻息を噴いているのがどうにも羞恥を誘い、パン職人は顔も上げられない。
 「で…でっ、ど、うなんですか」
 俯いたままやっと促すと、奴隷商はうーんと唸って腕を組む。
 「そうだなあ…連れてってやりたい気もするが」
 「無理ですか…」
 「Promissa cadunt in debitum(約束は負債に属す)」
 「Praemia virtutis honeres(名誉は勇気の報酬)」
 低い呟きにぽんと返すと、相手は目を見開いてまじまじ見返して来る。
 「ふうん…」
 「なんですか」
 「いや、なかなか頭が回るんだなと思って」
 「それ、却って失礼ですよ?」
 「おっと、そりゃ悪かった」
 奴隷商は降参のポーズをして、ところでと話を変えた。
 「はい?」
 「あんた、もしかして読み書きできるかい」
 「できますが…」
 「計算は」
 「自分で商売する程度には」
 「ギリシャ語は?」
 「ある程度なら」
 人に教えるレベルを普通そうは言わないが、キョーコは慎み深く答えておく。これはもしや風向きが変わったか、と希望が生まれるのをどうしようもなかった。
 「うーん…そうだな…」
 果たして商人はうんうん唸りだしている。
 「料理人で読み書き計算ができてギリシャ語までとなると、確かにお得な人材なんだが…なんだが………!」
 もう一押し。キョーコの目が光った。
 「ちなみに、お裁縫もできます」
 「ううっ」
 「お給料要りません」
 「!」
 ぽか、と奴隷商の口が開いた。
 「…いやしかし、そのかわり好き勝手に辞めちまうんじゃないのか?」
 「そうですね…状況次第では必ずしも否定できませんが、その時にも絶対に引継ぎは済ませてからにします」
 「うう……」
 男は、やや薄くなったつむじを見せて項垂れる。キョーコの勝利だった。






 
 
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 レギオンの旅はきついぞなもし…


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