はるのあめ(前編)

 やわらかな銀の糸が、木々の新芽を洗っている。
 雲を透かす太陽を感じるぼんやりした風景を眺め、キョーコは小さく呟いた。
 「ついてない…」
 まだ夕刻前だが本日の仕事が終了したTV局の裏口。タレントはこれから所属事務所に寄ってラブミー部に依頼でもあれば受けようかと思案していたのだが、雨に足を止められているところだ。
 キョーコはほんの3歩分もあろうかという庇の下に立って手を伸ばし、掌に降りかかる水滴を見つめた。
 周囲に人影はない。
 しかし彼女の耳には、雨に連れられて何度も同じ声が響いていた。
 10日ほど前になる。静謐に包まれるラブミー部の部室の窓を叩く雨音に紛れてしまいそうに低い声で、彼は言った。
 『君を愛してる』
 尊敬する、目標とする先輩。彼女に勇気と自信をくれる、大きな、あたたかな人。
 敦賀蓮。
 数々の称号を奉られるトップ俳優に突然差し出された気持ちは、彼女をひどく混乱させた。
 あり得ないと思い、からかわれているのかと疑い、彼には好きな人がいたはずではと思い出したキョーコは、勢いよくかぶりを振ったまま部屋を飛び出して来てしまった。
 以来、蓮には会っていない。
 しかし折に触れ耳に蘇るその言葉と声に、キョーコはいまだ惑乱させられている…お蔭で最近は寝つきも悪く、比例して寝坊が増え、今朝も慌てて部屋を出て来たために傘を忘れてしまった。
 どうしてこんなに気にかかるのか、と問う自分に、
 先輩が急におかしなことを言うから、あんなに真剣な顔でからかうから、敦賀さんだから。ともう一人の自分が根拠と理屈のない答えを返す。
 だからこんなに、頭を離れないのだと。
 思わずこぼれ出そうになる恨み言の代わりにひとつ息をつき、彼女は濡れた手を振りながら灰水色の空を見上げる。
 「仕方ない、駅まで走るしかないわね」
 行く手を睨むように見据えた時、近付いて来る二人分の足音に気付いた。同時に…
 いままさに思い返していた、その声にも。
 「そういう訳じゃないんだけど…」
 苦笑の混じる蓮の口調。それに媚を含んだ甲高い声が答える。
 「本当かしら。ちょっと信じられないわ」
 キョーコは思わず身を翻して外壁に背をつけた。
 何をしているのか、と自分でも思った。なぜ隠れる必要がある、さっさと駅へ走ればいいではないか。
 足音は刻々近付いて来る。おそらく蓮とその連れは、この裏口のすぐ手前にある地下駐車場への階段に向かっているのだろう。もしかしたら、蓮が共演者か誰かを送っていくところなのかもしれない。以前、タイミングさえ合えば自分を送ってくれていたように。
 ちくりと胸が痛んだ。
 キョーコは不可思議な感情を持て余し、ゆるく視線をさ迷わせる。早く行ってしまって欲しいと願った。駐車場でもどこでも、自分に声の聞こえない場所へ。蓮も、彼に気軽に話しかける女性も。
 「…?」
 自分の思考に首を傾げるタレントはしかし、目下の願いを叶えられはしなかった。
 1つの足音が、一瞬遅れてもう1つが止まる。
 「…じゃあ」
 少しうわずった女の声。
 「私、立候補したいな…敦賀さんの恋人に」
 「        !」
 キョーコは両手で口を押さえ、自分の声を封じた。なぜか、呼吸が震えた。




 
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 まむたす様の95万打キリリクです。3回くらいの予定。

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