スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
web拍手 by FC2

はるのあめ(後編)

 車の窓に当たる雨粒が、身を削りながら後ろへ伝い流れて行く。
 奇妙な閉塞感に縮こまっていたキョーコは、不意に車内に満ちる水の匂いに気がついた。慌ててバッグを探り、未使用のタオルを見つけ出す。
 「あの…失礼します」
 運転している蓮の右肩や腕に散った水滴を拭うと、もぞもぞ動く尻の下でレジ袋がカサコソ音を立てた。必要ないとは言われたのだが、本革張りのシートを駄目にするわけには行かないと言い張って自分で敷いたものだ。
 「ありがとう」
 やや硬い声で言う俳優に、彼女はいいえとかぶりを振った。
 「私のせいですから」
 水に落ちたインクのような沈黙が、二人の間でみじみじ広がってはその距離を押し開くようだ。キョーコは湿ったタオルに目を落とし、隅についていた糸くずを取るふりをした。何かに気を取られていると見せたかった。
 「そんなことじゃないよ…でも、君もちゃんと拭かないと」
 などと言う先輩でなく、ほかのものに。
 仕方なく頷いたタレントが自分の服を、少し迷ってから髪を拭ううち、車が信号待ちで停まった。
 ほとんど感じない制動衝撃の代わりに伝わって来たのは、低い、問う調子の声。
 「さっきの話…」
 「誰にも言いませんっ。そもそも、どなたなのか見てませんし!」
 蓮が迫られていた件についてだと了解したキョーコは急いで答えるが、振り向いた俳優の顔は軽い驚きを浮かべていた。
 「…ああ。いや、それは心配してなかったな…君は言いふらすタイプじゃないし」
 「はあ。ご信用下さってありがとうございます」
 ぼしょぼしょ礼を述べれば、蓮はほろ苦く笑う。
 「そりゃね…好きな人のことは、信じるものだろう?」
 低いけれどはっきりと返された言葉を聞くなりキョーコは絶句し、
 暫しの間を置いて、彼女は、青に変わる信号ばかりを見つめて呟いた。
 「やめて下さい…そういうの、嫌です…」
 発進する車が小さく揺れた。息を飲む気配と、かすれた声。
 「そう、か…」
 キョーコは頑なに前を見据えている。
 「そう、です。だって…
 「酷いじゃないですか、そんな風にしつこく、こんなからかい方するなんて」
 言い終えた瞬間、彼女は静電気のようなものがびりと空気を震わせる感覚を覚えた。反射的に左を見遣れば、長身の俳優が怪訝と呼ぶには鋭すぎる視線を投げてよこす。
 「どうして、そんな風に思う?」
 地の底を這うように問われ、泣きたい気分になった。怖い。そしてそれ以上に、奇妙な思いを抱く。
 いま街を潤している雨のように、やわらかく降り積もった蓮とのあたたかな時間。それを、自分は失おうとしてるのだと…
 それが、こんなに辛いのはなぜなのだろうかと。
 「どうして、って…当たり前じゃないですか。地味で色気も華も取り柄もない私なんかに、天下の敦賀蓮がそんな」
 「俺には、君は十二分に可愛い」
 「かわっ…」
 キョーコの頬にさっと朱が差す。それを知ってか知らずか、蓮は更に言葉を重ねた。
 「それに取り柄がどうとか、スキルの宝庫の台詞じゃないな」
 「え、あ、ありがとう、ございます…でも」
 もうこんな話はおしまいにしたいとキョーコは願うが、蓮は答えが出るまで解放してくれそうにない。だからキョーコは、敢えて彼にとっては辛いはずの話題を持ち出すことにした。
 「敦賀さんには、他に好きな人がいらっしゃるんじゃ…」
 かつて愛の演技に悩む蓮は、坊の姿のキョーコとともに心を探り、気になる人がいるらしき事実を浮かび上がらせた。その人は、まだ高校生なのだと…それに、以前彼が風邪を引いて寝込んだ時に聞いた女性の名前。奇しくも、彼女と同じ。
 『ありがとう…キョーコちゃん』
 大切な人は作れないのだと言いながら、あの折の優しい、愛しげな声はなんとしたことだろう。彼はとうに手遅れであることに気付いていないのではないか。ならばどの道、彼が愛を告げるべき対象は自分ではない。
 『君を愛してる』
 他の、自分の知らない“キョーコちゃん”こそが、あんな言葉を受ける唯一の人物なのだ。
 なのに、と唇が、心が震えた。胸が痛くて、目の奥が熱い。酷いと思った。
 「君が、どうしてそんな風に思うのか知らないけど」
 悩乱に沈むキョーコは、抑えながらも感情が洩れ迸るような声に我に返る。車はいつの間にか、路肩に寄って停まっている。
 そしてドライバーは、まっすぐに彼女を見ていた。
 「君の中では、俺は愛を向ける相手と告げる相手の一致しない、不実な男なのかな」
 「…え」
 少女は返事に詰まる。そう問われれば、彼女は否定するしかない。けれど否定すれば、
 期待してしまう。
 「!」
 口元を押さえて硬直するキョーコを、蓮が苦しげに見つめる。
 「最上さん?そう、なのか」
 「え!?あ、違…」
 言いかけて、彼女の言葉は宙に浮いたまま途切れた。
 頭の中を、今飛び出た言葉がぐるぐる回る。期待。していたのだ、自分は。なぜ?
 その答えは、鶏こそが言ったものではなかったか。
 「うそ…」
 キョーコは茫然と男の顔を見上げた。それはすこし歪み、すこし傾けられている。
 「信じてくれないか」
 「あ…」
 大きな目を瞬き、彼女は呼吸を震わせた。まっすぐにひたむきに見つめられ、視線が逸らせない。
 「俺が好きなのは、君だ」
 ああ、とキョーコは息をついた。もう駄目だ、期待は根付いてしまっている。
 「君だけを、愛してる」
 蓮の言葉は、春の雨に似ていた。
 やわらかくあたたかく心を湿らせ、かたい種を芽吹かせる。
 頬に目元にのぼる熱を意識しながら、彼女は小さく、小さく頷いた。



―了―



 

  web拍手 by FC2
 
 


 ほへ~。なんとか終わりました。初回との長さの差がすごいな;
 リクは「蓮キョ・蓮告白→キョーコ一旦振る→蓮が避けるようになる→キョーコ自覚(他の女優にヤキモチ)→告白、最終的にはラブラブ」でした。
 あれ…こう書くと、あんまし合ってない。ぐはあ。す…すいませんリク主まむたす様。ごめんあそばせ~。


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
作品一覧
サイト「花うてHP!」トップよりブログ内の作品のリストに飛べます。閲覧者の皆様のアクションに対して加算させて戴く「花うてポイント」の説明・管理もこちらよりどうぞ!

作品リスト(サイトトップ)

アクセス

・メールフォーム

・BBS

リンク

◆リンクページ


◆当ブログへのリンクについて

当ブログはスキビコンテンツをお持ちのサイト様に限りリンクフリーといたします。


ブログ名:花のうてな

管理人名:みなみ なみ

URL:http://hananoutena.blog14.

fc2.com/


 ↓各ジャンルごたまぜの本サイト。

↓スキビの同人誌作品をブログ記事として収載・販売しています。(2014年7月までで更新停止)

 ↓BUD BOY二次です。


  • 管理画面
  • RSSリンクの表示
    QRコード
    QR
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。