ああでもだけど。
「…うーん…」
洗面台の鏡の前で、中ね…元へ、円熟の俳優は心もとなげに我が腹をさすった。
「ちょっと…どうだろう…?」
首を傾げれば、磨かれた鏡の中の像が正対称の動作を見せる。その拍子にうねる…
「ありがとう。子供たちは?」
やわらかな朝の光の満ちるダイニング。食卓の自分の席に着き、蓮はサラダの取り皿を妻から受け取る。
「昨日まで試験だったからって、まだ寝てます。まあ、お休みですしね」
自分も椅子を引きながら答えるキョーコに、彼はテーブルに見目も美しく並べられた朝食を眺めながら小さく咳払いした。
こほむ。
「あー…キョーコ?」
「はい。今サラダを取り分けます」
そろそろと呼びかければ、唯一にして最愛の妻はいまだに愛らしいと形容すべき微笑みを向けてくれる。それへ、言いにくそうに彼は切り出した。
「いや、そうじゃなくて…少し、頼みがあるんだ」
「なんでしょう?」
やはり返る微笑。蓮は再び躊躇した。これを言えば、悲しませてしまうだろうか。
ああ、でも、だけど。
言わないわけには行かないのだ、“敦賀蓮”としては。
俳優は覚悟を呑んで腹に力を入れた。キョーコは彼の体調を気遣い食事を案ずること、結婚前からしてひとかたでない。それが結婚と共に彼女の管理下に入り昨今はすっかり落ち着いたと思われているのに、いきなりこんなことを言い出せばどういう反応をされるのか…
覚悟と同じほどの懸念を湛えながら、彼は自分の要求を口にする。
「今後暫く、俺の分の食事の量を減らしてくれないかな」
「えっ」
キョーコの持っていたサーバートングがサラダボウルに落ちてかちゃんと音を立てる。と思えば、彼女は夫の隣へと素晴らしい速度ですっ飛んで来た。
「蓮さん、食欲がないんですか!?体調でも…」
「いや、違う違う。どこも悪くないし、食欲がないってわけじゃないんだ。ただ…」
「じゃ、じゃあ…あ、もしかして…
「ごめんなさい!!」
「え」
いきなり謝り出され、今度は蓮が目を丸くした。
「ここの所忙しかったものだから、メニューが単調になっちゃって…飽きたんですね!今夜は早めに帰れるはずですし、蓮さんの好きなもの沢山作りますから!!」
「いや、キョーコ…」
平身低頭と言った妻の様子に、彼はほとんど情けない気分になる。昔よりは緩和されたとは言え、彼女のネガ暴走癖はいつになったら完治するのだろうか。
「そうじゃなくてね」
長い腕がすいと伸びた。細い腰をさらい、蓮はキョーコを自分の膝の上に抱え上げる。同時に手を取って自分の腹へと導いた。
「れっ、蓮さん!?何を、朝っぱらから…子供たちが起きて来たら」
「ご期待に沿えなくて残念だけどね、そうじゃなくて。しっかり、触ってみてごらん。君ならわかるはずだよ」
「…?」
大きな瞳は疑問を浮かべるが、正確この上ない体感スケールを持つ妻は言われるまま夫の腹に手を這わせた。
「どう、かな」
くすぐったさに耐えながら俳優が尋ねる。
すこし眉根を寄せて首を傾げていたキョーコは視線を上げ、ぱちくりとひとつ瞬きをした。
「すこし、お腹がやわらかくなりました…?」
蓮が苦笑する。
「やっぱりそうか」
「?」
「ちょっとね、体型が緩みかけてるかなってね…それでまあ、いわゆるダイエットってものをしてみようかと」
「そんな…」
キョーコは彼を見上げたまま言い淀む。ダイエットなんて、と続くのかという俳優の予想を裏切り、彼女は彼にぽそりと破壊槌を打ち込んだ。
「今の方が、さわり心地がいいのに」
「…………」
蓮を大葛藤が襲った。愛する妻の快楽か、俳優としての生命と矜持か。
「ああ…
「でも…
「いや、だけど……」
せっせと口に運ばれる朝食を無意識に噛み飲み下す自分にも気付かず、彼は思考の迷路をぐるぐる踏み迷う。
気がついた時には、玄関で笑顔のキョーコに弁当の入った手提げを差し出されているところだった。
「行ってらっしゃい」
「あ。ああ…」
とにかく、話はあとでもできるかと不承不承荷物を受け取り、妻を抱き寄せる。
「行って来るよ」
短く唇を交わし、離れたところへキョーコが言った。
「お食事の量は、減らしませんけど。
「今夜から、ダイエットメニューを考えてみますね」
「…!」
俳優はふわりと頬を緩めた。
ああ、でも、
だから。君には敵わない。
桃様の103万打リク、「いい年になった蓮キョの朝食風景・少し肉がついて来たのを気にする蓮は、キョーコに食事の量を減らしてもらおうとするが(要約)」です。
こまかい設定はナシで。ザッパでよろしく!
洗面台の鏡の前で、中ね…元へ、円熟の俳優は心もとなげに我が腹をさすった。
「ちょっと…どうだろう…?」
首を傾げれば、磨かれた鏡の中の像が正対称の動作を見せる。その拍子にうねる…
「ありがとう。子供たちは?」
やわらかな朝の光の満ちるダイニング。食卓の自分の席に着き、蓮はサラダの取り皿を妻から受け取る。
「昨日まで試験だったからって、まだ寝てます。まあ、お休みですしね」
自分も椅子を引きながら答えるキョーコに、彼はテーブルに見目も美しく並べられた朝食を眺めながら小さく咳払いした。
こほむ。
「あー…キョーコ?」
「はい。今サラダを取り分けます」
そろそろと呼びかければ、唯一にして最愛の妻はいまだに愛らしいと形容すべき微笑みを向けてくれる。それへ、言いにくそうに彼は切り出した。
「いや、そうじゃなくて…少し、頼みがあるんだ」
「なんでしょう?」
やはり返る微笑。蓮は再び躊躇した。これを言えば、悲しませてしまうだろうか。
ああ、でも、だけど。
言わないわけには行かないのだ、“敦賀蓮”としては。
俳優は覚悟を呑んで腹に力を入れた。キョーコは彼の体調を気遣い食事を案ずること、結婚前からしてひとかたでない。それが結婚と共に彼女の管理下に入り昨今はすっかり落ち着いたと思われているのに、いきなりこんなことを言い出せばどういう反応をされるのか…
覚悟と同じほどの懸念を湛えながら、彼は自分の要求を口にする。
「今後暫く、俺の分の食事の量を減らしてくれないかな」
「えっ」
キョーコの持っていたサーバートングがサラダボウルに落ちてかちゃんと音を立てる。と思えば、彼女は夫の隣へと素晴らしい速度ですっ飛んで来た。
「蓮さん、食欲がないんですか!?体調でも…」
「いや、違う違う。どこも悪くないし、食欲がないってわけじゃないんだ。ただ…」
「じゃ、じゃあ…あ、もしかして…
「ごめんなさい!!」
「え」
いきなり謝り出され、今度は蓮が目を丸くした。
「ここの所忙しかったものだから、メニューが単調になっちゃって…飽きたんですね!今夜は早めに帰れるはずですし、蓮さんの好きなもの沢山作りますから!!」
「いや、キョーコ…」
平身低頭と言った妻の様子に、彼はほとんど情けない気分になる。昔よりは緩和されたとは言え、彼女のネガ暴走癖はいつになったら完治するのだろうか。
「そうじゃなくてね」
長い腕がすいと伸びた。細い腰をさらい、蓮はキョーコを自分の膝の上に抱え上げる。同時に手を取って自分の腹へと導いた。
「れっ、蓮さん!?何を、朝っぱらから…子供たちが起きて来たら」
「ご期待に沿えなくて残念だけどね、そうじゃなくて。しっかり、触ってみてごらん。君ならわかるはずだよ」
「…?」
大きな瞳は疑問を浮かべるが、正確この上ない体感スケールを持つ妻は言われるまま夫の腹に手を這わせた。
「どう、かな」
くすぐったさに耐えながら俳優が尋ねる。
すこし眉根を寄せて首を傾げていたキョーコは視線を上げ、ぱちくりとひとつ瞬きをした。
「すこし、お腹がやわらかくなりました…?」
蓮が苦笑する。
「やっぱりそうか」
「?」
「ちょっとね、体型が緩みかけてるかなってね…それでまあ、いわゆるダイエットってものをしてみようかと」
「そんな…」
キョーコは彼を見上げたまま言い淀む。ダイエットなんて、と続くのかという俳優の予想を裏切り、彼女は彼にぽそりと破壊槌を打ち込んだ。
「今の方が、さわり心地がいいのに」
「…………」
蓮を大葛藤が襲った。愛する妻の快楽か、俳優としての生命と矜持か。
「ああ…
「でも…
「いや、だけど……」
せっせと口に運ばれる朝食を無意識に噛み飲み下す自分にも気付かず、彼は思考の迷路をぐるぐる踏み迷う。
気がついた時には、玄関で笑顔のキョーコに弁当の入った手提げを差し出されているところだった。
「行ってらっしゃい」
「あ。ああ…」
とにかく、話はあとでもできるかと不承不承荷物を受け取り、妻を抱き寄せる。
「行って来るよ」
短く唇を交わし、離れたところへキョーコが言った。
「お食事の量は、減らしませんけど。
「今夜から、ダイエットメニューを考えてみますね」
「…!」
俳優はふわりと頬を緩めた。
ああ、でも、
だから。君には敵わない。
桃様の103万打リク、「いい年になった蓮キョの朝食風景・少し肉がついて来たのを気にする蓮は、キョーコに食事の量を減らしてもらおうとするが(要約)」です。
こまかい設定はナシで。ザッパでよろしく!
- 関連記事
-
- はるのあめ(中編) (2011/04/12)
- はるのあめ(後編) (2011/04/14)
- ああでもだけど。 (2011/04/17)
- あみてぃえ・すゅいと (2011/04/23)
- 真実の旗(前編) (2011/04/25)
スポンサーサイト