たいせつでたいせつで(109)

 少女は車の外を眺め、小さな溜め息をつく。自分の左腕に目を落とし、そっとそこに手を添えた。
 「どうしたキョーコ、腕が痛むのか。昨日ぶつけでもしたか?」
 運転席の父が心配そうにミラー越しの視線を寄越す。
 「うっ、ううん!どこも痛くないの。ただ…」
 彼女は慌ててかぶりを振り、もう一度自分の腕を見やる。昨夜、名前も知らない、けれど彼女を危機から救おうとしてくれた少年の手が触れた場所。
 「お礼もちゃんと言えなかった、から…」
 「え?何だって?」
 呟く声を聞き取りそびれたか、父は少し体を斜めにして左耳を後部座席に向ける。
 「おっ、お父さん、ちゃんと前見て!!」
 少女がフロントガラスを指して叫んだ。前方に、対向車の鼻先のエンブレムがぐんぐん迫る。
 「おっと」
 父役のアクションスターがどこか楽しげに呟き、軽やかにハンドルを切った。赤いコンパクトカーは滑るように1回転して対向車をやり過ごし、そのまま尻も流さずに元の進路に戻る。
 「きゃあ!」
 べち、と潰れた音がした。
 窓に張り付いたキョーコが、そのままそこで硬直した。大きな瞳は窓の外ばかり見つめている。
 「すまんすまん」
 笑う父の声も耳に入らない様子で、彼女はただ見つめる…
 車に遅れて小さくなって行く、バイクメッセンジャーの袋を後輪の横にくくりつけた自転車。それを操る人物の、ヘルメットからこぼれる金の髪を。
 小さな手を、痛むように胸に当てて。



 「へへえ…」
 マカナンはニヤニヤ笑いながらモニタを眺める。少し離れた場所から、軽く眉を寄せた奏江がその様子を見守っているのに気付き、ふと顔を上げた。
 「おう、なんだカナエ。ちっちゃい嬢ちゃんが心配か?」
 「それはまあ」
 大人びた方の少女はちらりと視線を流し、アクションスターとその息子の間でおろおろと両者を見比べている親友の姿を見遣る。
 「キョーコ大丈夫か、ケガなんかしてないだろうな!?」
 「はい、だいじょう…」
 「そう思うなら父さん、もっとソフトに運転してよ!!」
 「うっ…いやしかし、文句はデニスに言ってくれ」
 「監督にも言うけど!」
 「あ、あの」
 俳優親子は先ほどのシーンで遠心力に振り回されることになったキョーコを案じ合っているのだが、どうも本人の意志と言葉を置き去りにしていた。そこへ麗しのモデルが近付き、少女を自分の腕に収めて二人から引き離す。
 「こっちいらっしゃいキョーコ、髪を直しましょう」
 「あ、ありがとうございますジュリママ…」
 そして男どもは、妻を母を情けない顔で見送る。
 「ダメダメだわね、もー…」
 溜め息をつく奏江に、マカナンはまるく盛り上がった肩を揺すった。
 「お前さんも面白いな!」
 「はあ…光栄です」
 そうも思っていない様子も露わに返事をするので、ディレクターがまた笑う。
 「そんでまたやっぱり、あの嬢ちゃんが心配でしょうがねえと」
 「仕方ないでしょう。だってあの子、鈍すぎます」
 「はは!」
 マカナンは大喜びで手を叩いた。
 「確かにな。だけど面白えから、まだ坊主には黙っとこうぜ?」
 口の前で人差し指を振るのへ、奏江はごく平静に頷く。
 「面白いと言うか、危ないですからね」
 中年男がキューピーめいた顔をした。
 「ごもっともで」


  

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 ペコちゃんでも可。

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