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パクス・ツルガーナ(43~48)

 拍手お礼にて連載しているパラレル話です。
 敏腕なのに担当タレントにモテ過ぎたり自信を失わせたりするのが問題というマネージャー敦賀蓮の手腕によって、ちょっと変わった性格で扱いづらいとされるタレント京子がのし上がっていく(?)物語。最後は…?


パクス・ツルガーナ

(43)
 「ええ、思うわよ」
 “魔女”はにっこり言い切り、タレントを掌で指す。
 「だってこの娘、蓮ちゃんに全然落ちてないもの」
 「…はあ」
 プロの眼力でもって京子の具える何かの魅力を捉えたのかと期待していた蓮は気の抜けた返事をした。担当タレントを見れば、やはり不得要領な顔で目を丸くしている。
 「それだけ、ですか?」
 マネージャーは先を促すが、ジェリー・ウッズは測り知れない微笑でもって彼に報いた。
 「あら、充分な理由じゃない?」
 「その方が、二人で同じ方向を向けるってものでしょう?」


(44)
 「同じ方向を…」
 「そう。それでこそ、蓮ちゃんの手腕も活きるってこと」
 ジェリー・ウッズはにこりと語って、タレントの傍へ歩を進めた。大きな目をすこし眇め、上から下まで京子の全身を眺め渡す。
 「バランスは悪くないわ。ラインも綺麗」
 呟くや小さな手をついと伸ばし、客の頬に触れる。
 「お肌もスベスベ。若いっていいわね~」
 目を細めるので、タレントが首を傾げた。
 「ミス・ウッズもお若いじゃないですか…」
 「あら」
 美容師は京子の言葉に直接は答えず、機嫌よさげにころころ笑った。
 「いい子ね京子ちゃん、気に入ったわ。ささ、こっちいらっしゃい」


(45)
 ふぁさ…とやわらかく舞うケープが、一瞬の間にタレントの身を包み込んだ。
 童顔の美容師の手はいつの間にか、腰につけたツールバッグから商売道具を抜き放っている。
 「“魔女”の名において…」
 甘い顔立ちが、不敵と呼ばれるべき微笑を浮かべた。
 「あなたの人生を、5分で変える」
 どきゅーん、とばかり。苦労人にしてメルヘン好きのタレントは、まともにハートを射抜かれて頬を染める。
 


(46)
 「まずは、こんなところかしら?」
 美容師の声に、雑誌を繰っていた蓮は顔を上げ振り返った。
 「え…」
 そのまま固まる。
 「どうお~?上出来じゃない!?」
 自慢げに胸を張るウッズの声も聞かぬげに、彼はケープを外す担当タレントの姿にまじまじと見入った。
 「蓮ちゃん?」
 「…あ…」
 ひとつかぶりを振り、マネージャーは魔女に賛嘆と驚異の入り混じった視線を向ける。
 「予想外、です…」


(47)
 「蓮ちゃんったら。なあにその反応」
 憤慨の声が上がった。
 「こういう時はまず、美容師じゃなく本人を見て褒めたおすものでしょう?マネージャー以前に、人として。正直に。ほらっ」
 背中をどやしつけるようなジェリー・ウッズの言葉に、蓮はぱっと視線を移す。
 鏡を半分振り返って信じがたいというように自分の頬をさする担当タレントへと。
 先ほどまでの、言ってはなんだが可もなく不可もない、素朴な娘はそこにいなかった。
 白くすべらかな額と頬の描くゆるやかな軌跡の中、揺れる睫毛の奥にふるえるように輝く瞳、小作りながらまっすぐに通った鼻筋の下には艶やかな唇がぷくりと潤んでいる。
 ほとんど聖なるもののように、彼女は見えた。
 そして同時に、魔なるもののように。
 蓮は息を飲む。
 「…とても…」


(48)
 「さっきまでと同一人物には思えない。化けたね…」
 「はああ!?」
 ジェリー・ウッズが素っ頓狂な声を上げた。
 「ちょ、ちょっと蓮ちゃん!?なに言ってんの、蓮ちゃんらしくもない。いつも無自覚にばら撒いてる甘台詞はどこ行っちゃったのよ!」
 「え」
 予想外は貴方でしょうと言わんばかりの勢いに圧され、マネージャーは目を瞬く。
 「それはどういう」
 「ああもう、よく見てみなさいよ京子ちゃんを。可愛いでしょう?綺麗でしょう!?私だって心の底から賛辞が湧いて来るって言うのに、タレントを引き立て引き上げるべきマネージャーが、何ぼけぼけ『化けたね…』とか言っちゃってるのよ!」
 「いえあの」
 「でもホントです!」
 美容師のマシンガントークを、ほんわり花の散るような声が遮った。
 「え?」
 「自分でも信じられません。こんな、『これが私!?』状態を自ら味わう日が来るなんて…まさに芸術的手腕、私感動しました!!さすが魔女様、いいえもう女神様と呼ばせて下さいっ」
 瞳に瞬く星もきらびやかに少女は両手を組み合わせている。
 「京子ちゃん…」
 ウッズがすこし咎めるように微笑んだ。


 
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パクス・ツルガーナ(37)~(42)

 拍手お礼にて連載しているパラレル話です。
 敏腕なのに担当タレントにモテ過ぎたり自信を失わせたりするのが問題というマネージャー敦賀蓮の手腕によって、ちょっと変わった性格で扱いづらいとされるタレント京子がのし上がっていく(?)物語。最後は…?


パクス・ツルガーナ

(37)
 しっかり聞きとめたタレントは、むしろ嬉しげな声を上げた。
 「敦賀さんも、なんですか!?」
 「……どうやら、そうみたいだ…」
 不覚だった、と蓮は項垂れる。辞令など何度ももらいすぎて、いちいち確かめることもしなくなっていた。まさか、8枚目のそれに爆弾が仕掛けられているとは。
 「じゃあ敦賀さんも、ツナギ着るんでしょうか」
 「え」
 聞きとがめる蓮に、ぱっと前を見たキョーコが慌てた声を出した。
 「あ、信号変わりましたよ!」


(38)
 やむなく車を交差点内に進ませ、マネージャーはそろりと尋ねる。
 「ツナギ、というのは?」
 「ラブミー部のユニフォームです」
 「ああ…そう言えば、そんなものがあるとか聞いた気がする」
 あまり関心もなかったから聞き流していたが。
 「とっても可愛いデザインなんですよ?」
 明るい口調でキョーコは言う。しかし蓮は、その声の中に何か無機質なものを感じて思わず傍らを顧た。
 「…!?」
 担当タレントは、たいへん穏やかな表情を浮かべている。一点の曇りもない、それは、
 営業スマイル。
 「…可愛い、というのも、俺には似合わないような…」
 蓮は測るように言ってみた。
 

(39)
 「あら!」
 どっかのおばちゃんのような声が上がった。
 「あらあらあら、そんなこと仰らないで。試すだけは試すべきですよ~」
 「…そんな周旋おばさんみたいな…」
 おかんならまだしも、これは少々いただけない。そんな思いは、貼りつけて固めたような京子の笑顔を見て余計に強まった。
 「そんなに勧めるには、何か動機がありそうだね…?」
 蓮は声を低め、笑みを含ませて尋ねてみた。
 「え」
 底流に潜む皮肉を敏く感じ取り、タレントは笑顔にぴしりとひびを入れる。


(40)
 「そんな、動機なんて…どうしてそんな風に疑われるんです?」
 京子は相変わらずにこにこと言葉を継ぐのだが、それがどこか上滑りになったと感じるのは気のせいなのだろうか?
 「どうして、か。
 「言わせてもらえば、疑念を抱く理由としては君のさっきまでとの態度の違いが一番大きいんだけどね」
 鼻の先で言う蓮に、タレントは『ちっ』とばかりに指を鳴らした。
 「何かな?その反応は」
 「イエベツニ」
 一瞬目を向ければ、京子は白々しくあさってを見遣る。蓮は小さく息をついた。
 「大体、どんなユニフォームだか知らないけど…タレントや俳優ならまだしも、マネージャーがツナギで歩き回るわけには行かないよ。スタッフと区別がつかなくて軽んじられたりすれば、その信用度は担当タレントたちに跳ね返る。それはどう考えたって、うまくないだろう?」
 「はあ…」
 「タレントなら、たとえジャージだって金太郎の腹掛けだって、それをカラーと言い張ることはできる。だけど俺たちはね。個性よりも、ビジネスとしての外観を優先させざるを得ないんだ」
 「はあ…そういうものですか」
 故意にだが淡々と語れば、京子はおとなしく聞いている。
 折りよく、目的地は目の前だ。この話もここまでになるに違いない。どうやら怪しげな『ユニフォーム』から逃れられそうか、と見て、蓮はハンドルを切りながら心中で安堵した。
 

(41)
 「うわあ…」
 京子は大きな瞳をキラキラさせて美容室の中を見回している。
 初めて出会った年頃の娘らしい反応に、蓮は心の底から安心する思いだった。
 それにしても誰もいないのはどういうわけかと彼も店内を見渡せば、折りよく奥のドアがすいと開いたところだった。
 「あら蓮ちゃん、いらっしゃ~い」
 鈴を転がすような声をこぼし、小柄な人物が出て来る。
 その姿を認め、蓮はとっておきの微笑を浮かべた。
 「いきなりすいません、ミス・ジェリー・ウッズ」


(42)
 「そちらは新しく担当する子?」
 京子を見て、スーパー童顔の店主はにこりと小首を傾げた。
 「ええ。タレント部の京子です。
 「京子、挨拶を。こちらはミス・ジェリー・ウッズ。この美容室のオーナー店長で、魔女と呼ばれるほどの凄腕ヘアメイクアーティストなんだ」
 「まっ魔女!
 「あの、よろしくお願いしますっ。京子です!」
 まるい頬がたちまち上気するさまを見て、マネージャーは意外なところに担当タレントのツボを発見したと思った。成長環境からして徹底したリアリストでもあろうかと思えば、実はメルヘンテイストに弱いようだ。
 「あら、うふふ。こちらこそ」
 持ち上げられた美容師が悪びれもせずに笑う。
 「ところでミス・ウッズ、今日はこの娘を貴女の腕にお任せしたいんですが。なにしろ栄えある8人目ですから、可能な手はすべて尽くしたいんですよ」
 蓮が苦笑とともに要請すれば、見た目はともかく年の功かジェリー・ウッズはさらりと笑って流した。
 「末広がりでおめでたいわね。今度は期待できそうじゃない」
 マネージャーが、おやと眉を上げた。
 「そう、思いますか?」


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パクス・ツルガーナ(31)~(36)

 拍手お礼にて連載しているパラレル話です。
 敏腕なのに担当タレントにモテ過ぎたり自信を失わせたりするのが問題というマネージャー敦賀蓮の手腕によって、ちょっと変わった性格で扱いづらいとされるタレント京子がのし上がっていく(?)物語。最後は…?


パクス・ツルガーナ

(31)
 「ちなみにそのアルバイト先と言うのが母の知人の経営する某高級旅館でして、そこで仲居をしていたために言葉遣いや姿勢を叩き込まれているのです」
 「ああ…」
 そう言えば、日本的な内股動作だったかと蓮が納得の声を上げる。
 一方の京子はたぎる怒りを押し込めるように声を低め、少し話を先へ飛ばした。
 「そうこうするうちに母が亡くなって…生命保険の受取人は私になっていたものを刺すの何のと脅すすかす、果ては通帳を持ち出して父は女性と逃亡しました。当然のように私は置き去りです」
 う、と喉に引っ掛かる言葉を、蓮はもごもごと口の中で転がす。まさかこんなヘビーな話が飛び出すとは思っていなかった。
 「それは、何と言うか」
 しかし京子は反応に困る彼の様子を気にした風もなく拳を握り、やたらとハキハキ叫ぶ。
 「いかがですか?この絵に描いたような不幸の連鎖。もう、演歌歌手になる他はないと思いませんか!!?」
 「はあ!!?」
 ぎゅりゃ。今度こそタイヤが悲鳴を上げた。蓮は大慌てで車のコントロールを取り戻し、そのまま路肩につけるとハンドルに突っ伏した。


(32)
 ぎしぎしと担当タレントに顔を向けたマネージャーは、スカスカ空気の抜けるような声で質問を綴る。
 「歌手って、演歌で…それが、志望理由…?」
 「左様ですっ。だってもうこれは、女ののど自慢に出るしかないような経歴じゃないですか」
 「いや…えーと…」
 かなり語弊があるような。
 こめかみに指を当てるのへ、タレントは少しせいせいしたような顔を向けた。
 「そういうわけで、演歌歌手になりたいと事務所のオーディションを受けたのですが」
 「落ちた…?いや、でも、現にここにいるな…」
 蓮が緩慢に顔を上げる。今度は何が出てくるのだろうと恐れるような動作だった。
 「はい。演歌歌手としては歌唱力と押し出しが足りないということで、そちらには拾って戴けませんでした。ですが、何でも審査の際に披露した私の特技や履歴書に記入した内容が気になると、入所自体は認めて下さったのです」
 もしや、とLME社員は脳裏にそんな事を言い出しそうな人物の服…いや顔を思い浮かべる。
 すると少女があっさり言った。
 「社長さんが」
 やっぱり。


(33)
 「あー…なるほど」
 蓮は自分が馬鹿になったような気分で額を撫でた。その間にどうにかこうにか気を取り直す。
 「ところで…履歴書は後でちゃんと見せてもらうけど、オーディションで披露した特技って何だったのかな」
 それは“売り”になるほどのものだったのだろうか。とマネージャーの思考に切り替える彼に、返されたのはまたもや予想を超えた返答だった。もう稀少と言っていい。
 「大根を桂剥きにして、バラを…作ろうとして張り切りすぎ、葉牡丹になってしまいました!」
 だいこんのかつらむき。で葉牡丹。
 それはもしかすると、すごいのではないだろうか。彼女はおかんを超えている。しかし、タレントの特技としては…それはどうなんだろう?活かす場面に遭遇できるだろうか。
 「いや、まあ、とにかく…大体の事情はわかった。それでタレント部に回された、と。じゃあ君は、今でも機会があるなら演歌の方に進みたいと思ってるのかな?それならそれで、今後の活動方針も変わって来るけど」
 蓮は心の中で平穏を祈って十字を切り、冷静であろうと努める。マネージャーたる身、それも9歳も年少の少女の前で見苦しく取り乱すべきではない。
 可能な限り穏やかに尋ねると、京子は自分に問うように考え込んだ。


(34)
 「そうですね…歌は好きですが、演歌を歌うには私には足りないものが多すぎるようです。…と、社長さんと話すうちに理解しました。苦労すれば誰でも演歌歌手になれるわけではないのに、浅はかだったと今は思います」
 「じゃあ当面、そっちは視野に入れなくていいね?」
 マネージャーは少々安堵しながら尋ねる。まったく、ただでさえ扱いにくそうなこの娘を、別方面の進路まで考慮して育てるとなればどれだけ苦労することになるのか測り知れない。
 「はい…心の持ちようが問題なのだと言われれば、私は有効な反論を持っておりませんし。ラブミー部に入れられるのも、あるいは仕方のないことなのかもしれません」
 「そう…」
 もうじき最初の目的地に着く、と考えていた蓮は、一瞬担当タレントの言葉を聞き流した。
 右折レーンへ車線変更を済ませてから、やっと脳に届いた情報に引っ掛かる。
 「えっ!?」


(35)
 「ハイ?」
 今度はハンドルを取られることこそなかったが目を剥く蓮の様子に、京子がきょとんと振り返った。
 「いや…ラブミー部って…君、そうなのか?」
 社長からの通達は目にした。愛こそすべてが信条のラブ・モンスター、LME社長ローリィ宝田は確かに、そんな部門の設立を下達して来ていた。
 いわく、『光るものを身に具えながらも愛する心の足りない者たちを覚醒させ導こうという壮大なプロジェクト』だそうで、仕事を通じて人の役に立ち愛し愛される喜びを知ることを目的にするのだとか…
 「椹さんはそんなこと一言も」
 言いかけて彼は、訝しげに眉根を寄せる。
 「それに、ラブミー部員には当面マネージャーをつけないとか聞いたのに」
 呟くうちに、心に浮上する疑惑。
 「まさか」


(36)
 前方の信号が赤に変わった。蓮は緩くブレーキを踏み、同時にポケットに手を突っ込む。
 ガサガサと取り出したのは、一枚の書箋だった。
 「敦賀さん?」
 横でキョーコが目を丸くしているが構う余裕もなく、彼はものすごく適当に4つ折りにされたそれをガサガサもどかしく開く。
 一行目には、『辞令』の二文字。次に、彼の名前。それから、
 所属。
 「“ラブミー部”…!?」
 ばり、と大きな手の中で書類が断末魔の悲鳴を上げた。
 何だこれは、何だこれは、何だこれは。
 蓮はぐるぐると疑問の渦巻く頭を両手で抱えてシートの背もたれに背中を叩きつける。しょっちょこばった大きな体の勢いに押され、さしもスポーツカーのシートも小さく揺れた。
 絶望を音にしたような声が、車内の空気を黒く染める。
 「俺まで、ラブミー部って………」
 「え」
 


 
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パクス・ツルガーナ(25)~(30)

 拍手お礼にて連載しているパラレル話です。
 敏腕なのに担当タレントにモテ過ぎたり自信を失わせたりするのが問題というマネージャー敦賀蓮の手腕によって、ちょっと変わった性格で扱いづらいとされるタレント京子がのし上がっていく(?)物語。最後は…?


パクス・ツルガーナ(25)
 「そんな!そんな不遜なことは考えておりません。不肖最上キョーコ、進路こそ若干の修正を余儀なくされたとは言え、一旦身を寄せた世界において努力邁進する決意にいささかの揺るぎもありませんっ!!」
 どどんぱ。
 黒潮を背負って叫び上げる京子の勢いに、蓮はうっかりハンドルから手を滑らせそうになった。
 「あ、ああ…うん、立派な覚悟だね…」
 他になんと言いようもなく、彼は溜め息に近く言う。
 「だけどそれなら、芸能界に入るにあたって志望してたのは別の部門だってことだよね?それは何だったのかな。俳優?芸人…はないかな。歌手とか?参考までに聞かせてくれないか」
 何とか気を取り直そうとする蓮の要請に、タレントはしっかり頷いた。
 「はいっ。私は当初…」


(26)
 「歌手を目指しておりました」
 「歌手、ね。そうなんだ」
 「はい、天職かと思いまして」
 言い切られて蓮は微妙に顔をひきつらせた。
 「天職って…」
 だけどそっちには進ませてもらえなかったのか?という問いを、彼はどうにか飲み込んだ。
 一体なぜだろう、もしやひどい音痴なのだろうか?それは様々なスキルを要求されることのあるタレントにとってもあまり喜ばしくはない。いや、そこを逆にネタにするのはありか…
 瞬時に考えを巡らせるマネージャーは、ふと視線を感じて器用に右の瞳だけを動かした。
 「いま、コイツ音痴なのか!?とか疑ってませんでした?」
 尋ねられて視線を元に戻す。
 「いや、別にそんなこと、思ってないよ?」
 「じゃあどうして目を逸らすんですかっ」
 「それはほら、運転中だから。君の方ばかり向いてるわけには行かないだろう」
 しれっと言うが、まだ自分の横顔に京子の視線が張り付いているのを痛いほど感じる。どうも、おいそれとは納得してくれそうにない。蓮はたまりかねて苦笑した。


(27)
 「ハイ正直に言います。ちょっとね、思いました」
 「やっぱり」
 片手を挙げると京子がしたり顔で頷く。
 「皆さんそうでしたもの。初めは歌手志望だったって言うと、じゃあどうしてそっちに進めなかったんだ、さては激烈音痴か、って」
 「激烈音痴…
 「いや、それは置くとして。ってことは、天職とまで思うほど歌が好きな君が、歌手部門に入らなかった理由があるんだね?それ、聞いてもいいかな」
 「え、別に、そこまで歌が好きというわけではないのですが」
 「…ちょっと待て…」
 蓮の声が地を這うようになった。ざりざりと擦過音を伴う気すらする低音に、タレントから戸惑いの気配が立つ。
 「あの、敦賀さん?」
 呼びかけられて彼は、冷えた、なのに煮えた声音を返した。
 「君は一体、何がしたいのかな。タレントになる気はなかった、歌手になりたかった、だけど歌が好きなわけじゃない。この世界には何となく入っただけだとでも言うつもりか!?」
 

(28)
 自分の言葉が暴走しかけていることはわかっていた。相手が9つも年下の少女であることも。
 なのに、先鋭化する気持ちを止められない。
 蓮は常の自制を失う自分をどうにもできずに急いた声音を繋いだ。
 「それともあれか、芸能人になっておけば金だけはある馬鹿な男を釣り易いとでも思ったのか。そんな根性で…」
 半ばは八つ当たりと呼ばれるべきだったかもしれない。3年の空しい努力を経て、今度こそと臨んだ担当タレントに自分のように強い志向がないのかと思えば絶望しそうになる、それは事実だ。
 しかし、それにしても…
 腹の底では、彼もまた狼狽していたのだと思う。それへ、
 「あなたに根性なんて云々されたくありません!」
 京子が悲鳴のように叫び返す。
 「なんですか、理解のための努力は惜しまないって言った舌の根も乾かないうちに!!」
 「え…」


(29)
 「話もろくに聞かないうちから一方的に責めるようなことが、理解するってことなんですか!?」
 きつい調子で責めつけられ、蓮は酢を飲んだような顔をした。一気に頭が冷える。どうも自分は、あとのない現状にかなり囚われているらしいと嘆息が洩れた。
 「ああ…悪かった。
 「謝るから、きちんと君の話を聞かせてくれ…」
 何とか言葉を唇の外に押し出す彼に、京子も怒気を収めて呼吸を整える。さすがおかん、これでは自分の方が年下のようだと苦笑が浮かんだ。
 「お恥ずかしい話ですが」
 と前置きをして、タレントが咳払いする。 
 「私はですね、はっきり言ってあまりいい育ちをしておりません」
 「…え。でも、そんな言葉遣いも礼儀も正しいのに」
 「はあ、ありがとうございます。でもそれは、生きるために身につけざるを得なかったと申しますか…」
 そしてぽつぽつ語り出すキョーコの話に、彼はほとんど呆れそうになった。



(30)
 「相互理解のために必要かとも思われるので申しますが、聞き苦しいとお思いでしたらいつでも止めて下さいね」
 などと、タレントは低い声で前置きを入れる。それから、やたらきっぱり言い切った。
 「私の父は、はっきり言ってゴミ虫です」
 「それはまた手厳しい…はあ!!?」
 一瞬、車体が左右に振れる。蓮は狂った手元を戻し、半顔を覆った手の中にふかい息を吐いた。
 「続けてよろしいでしょうか?」
 「ああ…」
 確認されて力なく頷く。
 「その悪辣な性質を逐一上げていてはきりがありませんので割愛しますが、結婚後も複数の女性と関係を持ち続け、あまつさえそれを母の前で悪いことをしているつもりはないなどと言い切る非人道ぶりだったそうです。
 「それでも初めのうち仕事の収入は家に入れていたのですが、やがてずっと若い女性に入れあげるとその人と遊ぶやら貢ぐやら次第に家にも寄り付かなくなり、生活は母が支える始末。私は物心つくころには母を手伝って家事をし、長じてはアルバイトにも精を出しておりました」
 「えーと…」
 蓮はどう答えたものか見当をつけかね、ただ半端に呻いた。



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パクス・ツルガーナ(19)~(24)

 拍手お礼にて連載しているパラレル話です。
 敏腕なのに担当タレントにモテ過ぎたり自信を失わせたりするのが問題というマネージャー敦賀蓮の手腕によって、ちょっと変わった性格で扱いづらいとされるタレント京子がのし上がっていく(?)物語。最後は…?


パクス・ツルガーナ

(19)
 「ああ」
 蓮がちょっと笑った。
 「まずは、俺の知り合いのヘアメイクさんの所。それからブティック、アクセサリーショップ。エステにも行ってみようか」
 「え、あの、TV局回ったりとかはしないんですか」
 「今日のところは売り込みはなし。先に君のイメージと言うか、セールスポイントを見つけないとね」
 「セールスポイント…」
 「そう。それをしっかり作っておかないと、今後の展開を構成できないんだ」
 言われたことを吟味するように黙り込む少女に、彼は少し首を傾げた。
 「そういうこと、言われたことない?」


(20)
 「えっと…路線、ってことですよね。純真とか天真爛漫とか、そういうムチャな要求をされたりは、しました」
 「ムチャって」
 蓮は苦笑しつつ、左へウィンカーを出す。車はなめらかに路肩へ寄り、歩行者を待ってから左折した。
 「でもそうか…みんな、深く考えずに君の第一印象だけで戦略を決めようとしてたんだね。君が持ってる可能性まで、眼に見えるわけでもないのに」
 静かな声に、京子はほのかに赤面する。
 「あの敦賀さん、マっマネージャーさんって、タレントを煽てるのも仕事のうちなんだとは思いますけど…もう少しその、なんと言うか、穏当な言葉を使用して戴けないものでしょうか」
 「え…別に、過激な発言をしてるつもりはないけど」
 首を傾げる蓮に、彼女は駄目だこの人と言いたげに眉間を押さえた。
 「糖分が高すぎると思います…」


(21)
 「糖分、ねえ」
 不遇のマネージャーは不得要領な顔をする。
 「全然自覚ないんですか」
 さらに突っ込まれて首を傾げる。折りよく信号待ちの停車となり、右隣に秀麗な顔を振り向けた。
 「だけど、君は別に反応してないじゃないか」
 「それはっ…」
 タレントが、なぜか赤いような青いような顔をする。
 おや、と蓮の視線は沈思を映して宙を辿った。ほんの今まで平静だった彼女が、急にどうしたことだろう。
 「私は、もう、そういうことはしないって決めてますから」
 ややあって、京子はあまり唇を動かさずに言う。
 その硬い表情に、蓮の脳裏に閃くものがあった。青に変わった信号に従って発車しながら彼は思う。
 もしやこの辺りに、彼女のマネージャーが次々交代して来た理由があるのではないだろうか?


(22)
 「そういうこと、って?」
 蓮はできるだけさりげなく尋ねてみた。もともと遠くない目的地が近付いて来てはいるが、話の進み具合によっては迂回して時間をとるかと腹の中で考える。
 「ですから。お、男の人の口車に乗って浮かれたりとか、変にいい気になったりとかそういう、バカ女みたいな真似です」
 「は?」
 マネージャーは自分で振った話ながら、我が耳を疑わざるを得なかった。
 いま、この年頃の、自意識ざかりのはずの女の子は何を言ったのか。
 「ええと京子、いま君…バカ女とか、言った?」
 そろりと尋ねてみれば、力強い声が返る。
 「申しました!」
 それはもうきっぱりと。
 今度眉間を押さえることになったのは、マネージャーの方だった。


(23)
 書類では、確か京子はいま16歳。そんな年齢の女の子が、恋愛バナシをこんな風に一刀両断にするというのは…
 何か、理由がある、のか?ならば聞いておくべきかと彼は話をそちらへ向けてみる。
 「あー…君はそういう、何て言うか…恋愛沙汰みたいなのに関心がない、ってこと?」
 「そうは申しておりません」
 即答に彼はうっかり胸を撫で下ろしかけたが、京子は更に言葉を継いだ。
 「力いっぱいバカバカしいと思っておりますっ」
 「……」
 マネージャーは果てそうになった。人々に夢を売るべき芸能人がこの発言とは。
 とは言え、彼に果てている余裕はない。
 「参考までに、君がそう考える根拠を聞かせてくれないかな…?」
 もうひとつ弱い声で要請すると京子は一瞬怯んだが、ぐっと息を呑むと握り拳でも作っていそうな口調でふんぬと言い切った。
 「私はそもそも、タレントを目指してるわけじゃなかったんですっ!」


(24)
「え…」
 マネージャーが両の目をすうと眇めたが、タレントは前ばかり見ていて付かなかった。案の定ちからづよく握った拳に、ちからづよい鼻息を当てている。
 「それは、どういう意味かな」
 蓮の声が低い。
 「君は、望んで芸能界に入ったわけじゃない、ってこと…?」
 何か押し殺すような口調で問えば、京子はうーんと細腕を組んだ。
 「その点に関しては、そうとも言えないのですが。確かに私は、自ら志望してこの世界の扉を叩いたわけですから」
 「そう…安心したよ」
 「はい?」
 「生半可な気持ちじゃ、この業界を生き抜けない。そこを共に泳ごうって言う相棒にこんな仕事、とか思われるんじゃ俺も立つ瀬がないからね」
 静かに言われ、タレントは驚いた顔をマネージャーに振り向けた。




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