「はい」
振り返る蓮に、光は一瞬怯む様子を見せたが、坊を見遣ると拳を握り締めた。
「つ、敦賀さんはこないだ婚約を発表したばっかりで…それ…今の話、京子ちゃ…さんは知ってるんですか!?」
俳優がやはり坊を横目にして目玉をくるりと動かす。
「あー、まあ、姿と名前のことは。あ、名前に関連して父のことも」
「ってことは」
「ええ、今日その辺を暴露することと、ハリウッド進出の件については、今初めて知らせました。何しろここへ来る前に、社長に呼ばれて本決まりになったばかりで。この番組のことも知ってたみたいで、今日の主旨に合致することだしいっそいい機会と思い切れ、と言われて髪を戻して貰ったんですが…
「…ごめんね?驚かせて」
言ったかと思うと蓮は、隣で固まったままになっているニワトリに手を伸ばした。頭のかぶりものを取る。
『え~!!?』
今日何度目になるかわからない絶叫が轟いた。着ぐるみの中から現れたのは、いま話題に上った人気女優にして敦賀蓮の婚約者、京子の顔だった。
「あ」
「きまぐれ最大の暴露が…」
「すいません、フライングして」
にこやかに謝る蓮に、困惑顔の京子が小さく尋ねる。
「いつから知ってたんですか」
「いや、最近だよ。君と堂々と一緒にいられるようになってから、決まった時間に行方不明になるのが目立って見えて…何だかんだ考え合わせるうちに、君の、いや坊のふとした仕草とか筆跡とかに気がついた」
「愛ですか」
横から言う雄生に、俳優はひょこりと肩をすくめた。
「ええまあ」
「なっ…」
キョーコが真っ赤になる。
「出ましたよ敦賀節。ホンマ、臆面もない…まあ生放送ならではのハプニングですかねー、早々にラストのネタが持ち出されてしまいました。
「はい、実は番組開始からずっと、数回を覗いて坊は女優の京子さんに演じてもらって来ました。これが、きまぐれ最大の暴露っちゅーわけです」
慎一がフォローにかかるが、肝心の光が動かない。仕方なく、雄生が調子を合わせた。
「ほんならお知らせって何や?と思いますよねー。もー言っちゃいましょうか」
「言っちゃいましょう」
慎一・雄生は頷き合い、同時に正面に視線を向けた。
「えー、そういうわけで京子さんはどんどん忙しくなる中、最初に持ったレギュラーだからとずっと義理堅く頑張って来てくれたんですが、まあ、さすがにそろそろ無理だということで」
「京子さん即ち初代坊は、今日で引退ということになりました」
観覧席からはまた声が上がる。驚きの連続する今日だが、これもなかなかに反響が大きい。
「来週から、坊はリニューアルして別の担当者に交代します。でも、俺らもますます頑張って盛り上げて行きますんで、これからもきまぐれをよろしく!!」
雄生が締めた時、質問が飛んで来た。
『蓮と結婚してアメリカ行っちゃうから、坊やめるのー!?』
「…!」
ひゅっと息を呑んだのは光だった。
「そう、なんですか?敦賀さん。京子ちゃん、連れてくつもりで…」
蓮が深呼吸した。光をまっすぐに見て言う。
「ええ、俺の希望はそうですね。彼女なしの生活なんて考えられない」
「そのために、京子ちゃんの可能性も才能も全部捨てさせて…?」
「え、あの、光さん?」
「だって京子ちゃん、君は今や実力派女優って呼ばれてて、これからだってどんどん活躍するはずの人じゃないか。なのに全部捨てちゃうの!?」
「ひ、光さん」
「しかも、奥さんになる人に黙ってそんなこと決めちゃって。敦賀さん、勝手ですよ」
蓮が瞑目した。
「…うん。勝手だね、君の言う通りだ」
いつの間にか場内は静まり返り、しわぶきひとつ聞こえなくなっていた。固唾を呑む人々の視線は、ただ中央に…蓮と半端な着ぐるみ姿の京子に集まっている。
俳優は目を開くと婚約者の視線を捉え、しっかりした声で話し出した。
「勝手なことはわかってる。それでも、と思うのがもっと勝手だってことも。でも…俺は俺に戻りたい。誰の前であってもまっすぐ君に向き合うためにも、ありのままの自分を取り戻したいんだ。
「だけど…
「そう、だからって、君の可能性を潰したいわけじゃない。君が俺について来てくれるとして、アメリカで役者を続けると言うなら勿論支援する。もし…日本に残るって言うなら…俺は単身赴任、かな。でもできる限り会いに来るし、気持ちが変わらないことも約束する。その代わり、君も俺以外の男に目を向けないで」
「敦賀さん!」
キョーコが両翼をぱたぱた振る。
「私、別居なんて嫌です!!それも、太平洋を挟んで!…でも…私がアメリカで役者って…」
「いま言われたばっかりだろう?君には才能と可能性がある。それはどこにいたって同じことだ」
「……」
「キョーコ」
蓮が呼びかける。初めて人前で呼び捨てにし、それも愛しくて仕方ないといった声音だった。
「今の台詞…俺は、期待していいのかな」
「え…」
「俺に、ついて来てくれる?」
差し伸べられた手を、キョーコは凝視する。大好きな、大好きな人の手。未知の人生へ続く岐路。そっと顔を見上げると、手の主は澄んだ青い瞳に真摯な緊張を湛えて彼女を見つめている。
自然に手が出た。
大きな手に重なる白い羽をぐいと引き寄せ、蓮は人頭鶏体の面妖な物体を腕に収める。長身の彼でもなければ腕が回りきらないところだろう。
わっと場内が沸いたところで、キョーコが覚醒した。
「あ!?ちょ、あああ、あのあの敦賀さん、離して下さい」
蓮は仕方なさそうに笑い、光の顔を見ながら半ニワトリの額に口付けてから手を離す。
赤い顔で額をさするキョーコが、ちょっと膨れた顔で言った。
「私たち、これでお互い秘密なしですか?」
俳優が笑う。
「そうだね。
「…あ」
「あ、って…何ですか、まだ何か」
『あ』
「え?」
違う声の重なった『あ』にキョーコが振り返ると、ブリッジロックの3人が一点を見つめている。その先には、番組の終了時間を告げているプロデューサーの姿。
「ちょうど終了時間みたいだね。続きは、あとで二人きりの時に」
蓮が言うや、
『ええええええええ~!!!!???』
本日最大の叫び声がスタジオを揺るがした。
この日、“やっぱきまぐれロック”は京子の坊を失うかわりに、最高視聴率と、『何をやらかすかわからない番組』の名を得たと言う。
「敦賀さんが…コーン…!?」
その夜、蓮の部屋で幼い頃の思い出の正体を告げられ、キョーコは涙を溢れさせた。蓮はそれを長い指で拭って謝る。
「ごめんね、黙ってて。それと、妖精じゃなくて」
「もう…意地悪ですね、そんなことどうだっていいのに。ただ…」
「うん?」
「むしろ、嬉しいです。コーンはほんとに大人になって、ちゃんと自分の力で飛んでるんだって…!」
しがみつくキョーコを抱き寄せ、蓮は微笑んだ。幼い頃も今も、純粋に彼を思って涙をこぼしてくれる、この愛しい女の子。彼は小さな耳たぶに囁く。
「いつも、君が支えだった。これからも、俺を支えてくれる?」
震える声が応えた。
「はい…!」
そこにこめられた思いが胸に迫る。すると腕の中で、また小さな声がした。
「そして私を、貴方が支えてくれるんですね」
勿論だよ、と言う代わりに、彼は抱きしめる腕に力をこめた。
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